インタビュー
営業生産性の高い企業はどのような営業組織をつくり実践しているのか。セールスフォースとキーエンスという「成果を出す営業組織」の出身者による対談からヒントを見出す。前編は、.BtoB企業の営業組織開発、人材育成についていま起きている課題や、セールスフォース・キーエンスの営業組織の特徴と強みについて語ってもらった。後編は、いまBtoB企業で成果を上げている営業組織の仕組みに迫るとともに、BtoB営業の強化はまず何から始めれば良いのかを提示する。
【聞き手:BeMARKE事業責任者・山下航希、取材・執筆:BeMARKE編集部、撮影:細野瑠衣】
――コンサルティングを通じてさまざまな企業を見てきているなかで、いまBtoB企業の営業組織で成果を出している企業とそうではない企業との差を分けている一番の要因はどこにあると思われますか。
田尻望氏(以下、田尻氏):最初に申し上げておきたいのは、うまくいっている組織なんてないということです。キーエンスという会社であっても、まだまだ改善の余地があると思って取り組んでいると思います。これは一流と呼ばれる方に共通した考え方で、一流の道は終わりがなく、改善し続けるんです。うまくいっていない組織というのは、そこに満足してしまった組織。つまり改善がもうできないとか、もううちの組織はこういうもんだとか、うちの業界の慣例はこうだからという思考の組織は、正直なところいずれ陳腐化していきます。
うまくいき続ける組織というのは、ToBeといったあるべき姿というものを持っていて、いまは追いついていないけど、改善し続けている組織だと思います。なので、うまくいっていないと思わなくて良いんですよ。できていなくて当たり前なのですから。一つひとつやれることをやっていきましょうというのが、最初に私の思うところです。
山下貴宏氏(以下、山下氏):ずっと試行錯誤しているという会社がほとんどの中で、PDCAの改善のサイクルがあるかどうかが重要だと思います。なかでも2つのサイクルが必要で、1つは営業活動が本当に数字目標を達成しているかのどうかを、SFAなどのツールを使いながらPDCAを回していく。もう1つは環境が変わるので、人の動きを変えるっていう育成の側面でのPDCAサイクルです。冒頭にもありましたが、 To Be像(あるべき営業の姿)に向けて、どんな知識やスキルが必要なのかが、実は曖昧なケースが多いんですよ。「マネジャーを見て育てよ」ではなく、どういったスキル体系を習得すれば前進するのか。学習したんですか? 実践できているんですか? 育成の進捗どうなんですか? うまくいってなければ次はまた学習やろうねっていう「育成のサイクル」とも言うんですかね。この成果と育成の両面がないと環境の変化にはなかなか対応できないですよね。改善を前提にしながらそういったサイクルをちゃんと作っていくというのが重要だと思います。
田尻氏:よくお話しさせていただくのが、「営業は準備が9割」です。逆に言うと、準備で9割もできるんですよ。しかし、この準備の仕方を知らない。先ほど山下さんがおっしゃったとおり、スキルや準備物だけでなく、人の動きとかについても、次に何をやれば良いのかがクリアじゃない。準備の仕方を知らないから、営業の無駄な時間が発生しています。迷っている時間がとても無駄なんですよね。そこをちゃんと迷いなくできるように、お客様が価値を感じる科学を学んでいただいて、お客様の行動に沿わせるように営業の動きっていうのを変えていってあげると、格段にうまくいきます。
――ちょうど先日、HubSpot Japanが発表した「日本の営業に関する意識・実態調査2023」の報告の中に、約6割の営業責任者/担当者が過去1年でメンタルヘルスの不調を感じたと回答しています。要因として、仕事量の多さに次いで「組織からの期待・支援不足」を挙げられており、今のお話にあった営業担当者の迷いをチーム、組織、会社として対策していく必要性が出てきているように感じます。
山下氏:BtoBセールスの領域って、いろんなことを標準化したり、可視化したり、しやすいんです。でも、営業ってどちらかというと、背中を見て学べという職種だという意識も根強い部分がある。そこをまず変えなくてはいけなくて、いろんなものを構造化して組み立てて、誰がやっても一定程度、成果が出せる基盤の部分を作らなければいけない。どちらかと言うと今までは、「こういう風に売るんだ」というアートの部分がフォーカスされてきた。
基盤の部分ができるだけでも、悩むことはあっても、無駄に迷って過ごす時間は最小化できるんじゃないかと思います。
――アートの領域の話で言うと、読者の悩みとしてご相談いただくのかが、今まで通りの営業活動はできているものの、新規のお客様との取引開始がどうしてもうまくいかず、みんな後回しにしてしまう。新規のお客様の開拓がうまくできている会社さんには、どのような特徴がありますか。
田尻氏:逆説の話になりますが、新規のお客様を開拓できているBtoB企業さんは、既存のお客様を大切にした上で、そのお客様の成功事例を言語化とビジュアル化できています。
新規営業の開拓がうまくいかない方って、「どうやったら新規営業に行けるだろうか」とだけ考えています。実はそう考えてもうまくいきません。取り組むべきは、すでに買ってくれているお客様がなぜ喜んでくれていて、どんな価値を得ているかということを言語化・見える化することで、「この成功(価値)を欲しがる人ってどこにいるだろう、あの人も欲しがりそうだ、はいどうぞ」で提供する。これが新規営業の基本の流れなんですけど、新規営業ができていない方は「どうやったらこの人に売れるのか」だけを考えて、新規の営業先だけ見ているんですね。
なので、まず喜んでくださっている自分のクライアントを見てください。買い続けてくれているということは、必ず価値を感じてくれているんです。競合がいるにもかかわらず、私たちを買い続けているということは、価格なのか品質なのか、顧客対応なのか、どこかに買ってくれている理由があります。皆さん、これをお客様に聞かずに勝手な予想をします。「うちが売れている理由はこれだ」って。それは売れている理由だという「仮説」であって、買われている「理由」ではないんです。この買われている理由をきちんと言語化して横展開する。この言語化がしっかりできていると、おのずとマーケットも見えます。
成功事例の言語化にもやり方があります。たとえば、商品を会社が導入した背景や得ている価値など細かく見ていくと、十数項目出てきます。この十数項目を抽出することで、ビフォー・アフターがどうなったのかというのも事細かく見えるんですよ。でもお客様が知りたいのは、ビフォー・アフターそのものだけではなく、もともと買わなかったときにこうだったのものが、買ったらこうなるとか、他社で買っていたものが自社から買ったらどうなったのか。この差分をみんな知りたいんです。みんな成功したいですからね。そのために、この成功事例を他にも横展開する、というのが基本なのですが、新規営業をやろうとするとき、既存クライアントの成功事例が言語化されていないんですよ。
――BtoB企業で、組織が分断されている影響もありそうですね。
田尻氏:特に、『THE MODEL』にあるような、マーケティング、IS(インサイドセールス)、FS(フィールドセールス)、CS(カスタマーサクセス)がよく分断を起こしています。先ほどの成功事例はCSが持つわけです。CSがマーケとISとFSにちゃんと事例としてフィードバックして、ISの方は切り込みトーク、FSの方はクロージングトーク、マーケの方は成功事例集のような形で展開できるように一気通貫でやらないといけないんですが、なかなか難しいようです。
山下氏:分業にすればするほど、生産性は本来上がるんですよね。ただ、分業した仕事と仕事のつなぎの設計が粗いと、この部分をつなぎにいく作業が増えて、逆に非効率になるケースがあります。どのKPI設計でもそうですが、クロスさせる設計をしない協業はうまくいきません。
例えばインサイドセールスは、アポ取りをKPIにしてしまうと、空アポでも何でもよくてFSに渡せば良いのかという話になって、逆に生産性が落ちる。なので、アポではなく有効商談数にするという具合に設計をしっかりとしないと協業、分業はうまくいかないですね。
――最後に、読者がBtoB営業をこれから強化したいと思ったときに、セールフォース・キーエンスのやり方をすべて導入することは難しいかもしれないですが、最初に踏み出すとしたら、まず何から始めれば良いかを教えてください。
山下氏:いろいろな営業強化施策が現場任せになっている状況は多いのかなと思いますが、数字を追いながら強化させるのは現場からすると相当難しいんですよね。例えば私たちはイネーブルメントというアプローチを取っていますけども、現場をちゃんと支援する組織的な機能に投資をするかどうかという判断をたぶん、会社としてやっていただく必要があるかなと思います。
それを投資するという前提で最初の一歩として、何をやるのかという話でしたら、今後どういう営業の動きが求められるのかのスキル・知識・行動の言語化をすることです。まずこの共通認識を持つだけでも、その後の動き方とか支援策につなげることができます。
田尻氏:私も一緒の意見になってしまいますね(笑)。私たちでいうと、セールス、マーケ、商品企画のすべてを見せていただくというところをする中、最初に手を入れるところがまさにコンサルティングセールスです。
理由としては「顧客が買っている理由」「買い続ける理由」「どうやったら買い続けるのかの手法」、これらがまず分かっていないとマーケティングも商品企画もうまく機能しないんですよね。つまり顧客の心理を本当に見極められる組織になっていただくというところで、最初にコンサルティングセールスを共通言語化する。このコンサルティングセールスは体系があるのでそこをしっかりと学んでいただいて、みんなが共通言語を使えるようになる。そうすると指導も仕組み化もとてもラクになるんですよ。
顧客のニーズや背景の聞き方などにもスキル体系があるわけで、それを学んでいただく中でモデルとなる人が出てきます。このモデルの人のやり方を型化してみんなに教えていくと改善が必然として起こります。
問題が特定できないとか迷うときは、「よしいったん全員でコンサルティングセールスをちゃんと覚えてみよう」という風にすると問題が見えます。本当に迷っている方って問題が特定できていないんですよ。なので、クリティカルな解決というのが見えないということもありますので、共通言語化を最初にやっていただくといいんじゃないかなと思います。
山下氏:一方、やめた方が良いことで言えば、ITツールから入ることです。
田尻氏:ああ、分かります。本当にやめた方がいい。
山下氏:どうしても「How」から入ってしまうと、何かやっているように錯覚してしまう。目的がないから、例えばSFAでいうと現場の入力負荷ばかり上がって活用が促されない、そのうち投資対効果がない、となって解約してしまうといったことが起こるんですよね。なので、手段から入らず、まず「何を目指すのか」の言語化からいずれにしてもやっていただいた方が良いかなと思います。
田尻氏:ツールを入れた後に、自分の営業組織をどう変えたら良いかが分からないというケース。ツールだけを入れても解決しません。まずなぜやるのか、目的設定とやり方についての仮説をしっかり立てていただいてからの導入が良いですね。
――最初の一歩としては、理想図を描くことと、達成するまでのプロセスやスキル・体験を言語化していきましょうと。思考を変革した上で、効率化のためのスキルを得ていこうということですね。その考え方を、お二方のコンサルティングサービスとして、私たちメディアとして一緒に広めていきたいと思います。ありがとうございました。
※情報は取材時点
山下貴宏(やました・たかひろ)
株式会社R-Square & Company 代表取締役CEO
法政大学卒業後、日本ヒューレット・パッカードにて法人営業、船井総合研究所を経てマーサージャパンに入社。人事制度設計、組織人材開発のコンサルティングに従事。その後セールスフォース・ドットコム入社。セールス・イネーブルメント本部長としてイネーブルメント部門の規模を4倍に拡張、グローバルトップの営業生産性を実現。2019年同社を退社しセールス・イネーブルメントに特化したスタートアップR-Square & Companyを立ち上げ。大手から中堅企業まで数々の企業のイネーブルメント組織構築に尽力。ATD Sales Enablement Certificationを取得、イネーブルメント分野の日本での第一人者として講演実績も多数。著書に「セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方」(かんき出版)、「トップセールスだけに頼らない組織を作る 実践セールス・イネーブルメント ―データを活用した必勝パターンの設計から、育成施策・ナレッジ活用、効果検証まで―」(翔泳社)
R-Square & Company:https://www.r2-company.com/
田尻望(たじり・のぞむ)
株式会社カクシン 代表取締役CEO
京都市生まれ。2008年大阪大学卒業後、株式会社キーエンスにてコンサルティングエンジニアとして、重要顧客を担当。大手システム会社の業務システム構築支援をはじめ、年30社に及ぶシステム制作サポートを手掛けた経験が「最小の人とコストで最大の付加価値を創出する」ミッション、世界一のイノベーションを生むコンサルティングセールス、ファクトベースでの高収益コンサルティングの基礎となっている。その後独立、年商10億円~2,000億円規模の企業の経営戦略コンサルティングを行い、2.5か月で月1億円、年10億円超の利益改善などを達成する企業を次々と輩出している。2021年に書籍「構造が成果を創る~価値を構築するストラクチャリング思考と手法~」(中央経済社)を出版。2022年発刊の『付加価値のつくりかた 一番大切なのに誰も教えてくれなかった仕事の本質』は8.4万部を突破。
カクシン:http://kakushin.biz
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セールスフォース×キーエンス出身者が語る「成果を出す営業組織」-仕組みと作り方-【前編】
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