インタビュー
BtoB企業の営業担当者が悩む「お客様の本音が分からない」という壁。これをどう乗り越えれば良いのか。今回、『無敗営業』シリーズでも著名なTORiX株式会社 代表取締役の高橋浩一氏に、著書『営業の科学』の内容から、特にデータとロジックに基づいた科学的なアプローチで営業活動を見直し、成果を上げるためのヒントを伺った。
――著書『営業の科学』で紹介されている「お客様の本音」を捉えるためのアプローチについてお話を伺います。まず、営業担当者が直面する「頑張っても売れない壁」について、どのような要因があるとお考えでしょうか?
この問題の核心にあるのは「購買者の仮面」です。本書で紹介している5つの仮面の話が重要なポイントです(詳細後述)。その仮面の裏側に本音があるのですが、なぜこうした状況が起こるのかというと、「お客様がラクで安全な選択肢を選びたくなるから」なんです。
例えば、営業から何か質問されたとき、正直に答えるのがラクで安全な選択肢に思えなければ、とっさにはぐらかします。お客様にとって「ラクで安全な選択肢」を選ぶことは自然な防御反応なのです。
――お客様の本音を見つけるために、営業担当者が最初に行うべきことは何でしょうか?
最初に行うべきことは、購買者の仮面の裏側にある素顔、つまりお客様の本音という急所を見極めることです。営業担当者からすると、お客様が心の底から思って言っているのか、それとも単に防御反応で言っているのかによって対応が変わってきます。
データで見ると、お客様の発言の8〜9割は防御反応で言っているケースです。例えば「検討します。お待ちください」と言われたとき、本当にあなたの提案を採用する気がなくシャットアウトしているのは13.7%しかありません。残りの86.3%は条件付きで、追加で話を聞く意思があるのです。
しかし、お客様はその条件を明確には伝えず、いったんシャットアウトして後で連絡する権利を留保しています。また、予算や検討状況を聞かれたとき、15人中14人は実際には知っていて答えられるのに教えない、はぐらかすというデータもあります。
――そういった“急所を自然に察知できる”営業担当者には、何か共通点があるのでしょうか?
ここに興味深いパラドックスがあります。素直で真面目で誠実な人ほど、急所を外してしまいやすいのです。お客様のためを思って言われたことに素直に従おうとするのですが、それが逆に成果につながらない。お客様は防御反応で交わしたり、はぐらかしたり、不自然な対応をとることがあります。それに素直に真面目に誠実に対応しても、実は的外れな営業になってしまうのです。
重要なのは、「もしかしたら本当にそういうことを言っているわけではなく、裏側には別の本音があるかもしれない」と疑ってかかることです。ただし、「なんでもかんでもお客様の言うことは嘘だ」と思うのは不誠実すぎるので、バランスが必要です。
特に「素直で真面目で誠実だけど、他に営業としての武器が少ない」という人は、言われた通りにやるという行動に出がちなので、本音を見抜きにくくなってしまいます。
――営業活動をデータとロジックで分析することの重要性について、改めてどのようにお考えですか?
まず、営業マネジャーや上司の現状を見てみましょう。
実は営業マネジャーの45%は、営業全体のスキル自己評価よりも自分のスコアが低いのです。当社が4万人以上の営業の方々を支援してきた経験から、管理職でも実は営業がそれほどうまくできない人は多いことが分かっています。そうなると現場指導がどうなるかというと、「目標達成を意識しなさい」「お客様と関係構築しなさい」「たくさん行動しなさい」といった抽象的な指導になりがちです。言っていることは間違っていないのですが、そのレベルでは具体的な改善につながりません。
一方、世の中には営業に関する書籍や情報があふれていますが、「営業が強くて有名な某社ではこうやっていました」と言われても、別の組織には当てはまらないことも多いのです。
そこで重要になるのが、客観的なデータから、
・そもそもお客様はどう営業を見ているのか
・ハイパフォーマーとローパフォーマーの違いは何か
を見ることです。個別の事例ではなく、広く実態をとらえるにはデータとロジックが欠かせません。
――特にBtoB企業で成果が出ていない企業が多い理由は、データをうまく活用できていないからなのでしょうか?
私が感じるのはもっと根本的な問題です。今の上司たちは会社から十分に支援されていないのです。教えられてもいないし、助けられてもいない。
現代は営業支援のツールが豊富にあります。AIが魅力的なリストを出してくれたり、マーケティングやリードのナーチャリングを会社がサポートしてくれたりします。しかし、現在の上司たちが現役だった時代にはそういったものはなく、「自分でテレアポしなさい」という時代でした。そのため「自分は助けてもらわなくてもうまくいった」という自己正当化の思い込みが生まれます。「自分ができたのだから、部下も助けなくてもできるはず」という考え方になりがちなのが大きな問題です。
例えば野球の世界でも、今やデータ分析を元に戦術を組みたてるのはごく普通のことです。監督が「自分の頃はそんなデータ分析はしていなかった」と言っても、時代が変わってきており、もはやデータを完全に無視することはできません。しかし不思議なことに、ビジネスの世界では「自分の時代はこうだった」という思考が根強く残っていて、組織の中で一定の影響力を持っていたりするのです。
――具体的な成功事例と失敗事例をお聞かせください。
『営業の科学』で紹介している重要な知見のひとつに「レスポンスの重要性」と「お客様は値段を見る前に決めている」というものがあります。
例えば、提案内容で差別化するよりも、レスポンスとスピードで差別化する方が効果的です。通常はここまで振り切ってレスポンスに注力することはないでしょうが、データで見るとこれが大切だと分かれば思い切って実行しやすくなります。
また、「値段を見る前に決めている」という事実も重要です。当社のお客様に「いつ決めたのか」をお伺いすると、多くのお客様は値段を見る前に決めていることがわかります。もちろん最終決断の前に値段は確認しますが、買いたいかどうかは値段を見る前にほぼ決まっているのです。
こうした知見を生かすと、営業活動の力点が「前倒し」になります。提案を出す前や見積もりを提示する前の段階に力を入れるようになるのです。そうすれば後の工程がラクになります。買いたいと思っているお客様に対して、無駄な価格交渉をする必要はないからです。
多くの営業担当者はこれに気づかず、営業活動の後半で頑張ります。意思決定者を引っ張り出そうとしたり、価格交渉に時間をかけたり、提案書を作り込んだりします。しかし成功事例を見ると、データに基づいて営業活動の力点を前倒しすることで数字の成果につながっています。
ただし、データはあくまで傾向を示すものですから、100%こうだというわけではありません。例えば「検討します、お待ちください」と言われた場合、13.7%は本当に採用する気がないという結果もでています。データを活用する際は、傾向をとらえた上で自分なりの動き方の仮説や考えを持って行動することが大切です。
――営業プロセスのどの段階で壁を感じやすいのでしょうか?
先ほど述べましたが、営業プロセスには5つの「仮面」があります。まず初期段階では「忙しさの仮面」です。見込み顧客の発掘やアプローチ段階で、「忙しくて会えない」「忙しくて返事ができない」というような反応にぶつかります。本当に忙しいのかは分かりませんが、言われると引き下がらざるを得ない状況になります。
次に「忙しさの仮面」をクリアすると「はぐらかしの仮面」があります。会って話せるようになっても、はぐらかされてしまう状態です。提案段階まで進んでも「とにかく安くの仮面」が待っています。価格競争に持ち込まれやすい段階です。そしてクロージングやフォローアップの段階では「検討しますの仮面」で対応されることが多いです。
これが通常のルートですが、他には「いきなりの仮面」というものもあります。他社が先行している案件だと、他社が有利に進めているために自社には冷たい対応が来るというケースです。
――これらの仮面を突破するためには具体的にどうすれば良いのでしょうか?
条件反射的に言われたままに従うのをやめることが第一歩です。例えば新規テレアポで「今忙しい」と言われるのは当然です。ここで「いつだったらお時間の余裕ができますか?」と単純にお伺いして、適当に「1カ月後」と言われても、1カ月後に電話したら同じことが繰り返されるでしょう。
そうではなく、「本当に忙しくて言っているのか、それとも単に引き下がってほしいと思っているのか」を見極める必要があります。例えば「差し支えなければ、どういうことでお忙しくされているのか伺ってもよろしいでしょうか」と聞いてみる。教えてくれない人もいますが、教えてくれる人に出会えればラッキーです。何もしないよりはトライする価値があります。
あるいは「お忙しい状況が解消されたタイミングだったら、そういう商談のお時間はいただけるんですか」と少し踏み込んで聞いてみる。この場合、「月末の役員会議に向けて今資料をつくっているので、来月だったらいいですよ」と具体的な返答が得られることもあります。
大切なのは、お客様の言葉を鵜呑みにせず、自分なりに確かめる術を持つことです。もちろん全てのお客様に対して同じ方法で突破できるわけではありませんが、完全に言われた通りにするよりは、多少のリスクを取って小さなトライをしてみた方が有益です。
お客様の言うことに対して工夫せずに従う人は、こうした小さなリスクを取ったトライをしません。これは良くありません。データから見ても、言われた通りにやって小さなリスクを取らない営業は売れないのです。これが「素直で真面目で誠実だけど引き出しが少ない人」が行き詰まる原因です。
――受注できたお客様に「どこで発注を決めたか」を聞くのは有効だと思いますが、失注した案件についても同様に分析すべきでしょうか?
失注の場合も同様に有効ですが、「箸にも棒にもかからなかった」ケースもあります。そういう場合は教えてくれないでしょう。しかし接戦だった場合は意外と教えてくれることが多いです。
なぜなら、BtoBの場合、お客様は「今回はこの会社に発注しなかったけど、本当にギリギリまで迷っていた」という状況でもう片方の会社を選んだとしても、確信が持てているわけではないことがあります。そうなると、今回選ばなかった会社にもどこかで力を借りる可能性が出てくるかもしれません。
特に接戦で負けた場合は教えてくれやすいです。今頼んでいる会社がうまくいかなかった時に頼むなら、もっと良い提案をしてほしいと思うからです。「本当は思っているほど接戦ではなかった」というケースは教えてくれないかもしれませんが、本当に接戦だった場合は教えてくれることが多いのです。
――では、まずは接戦になるように努力することが大切ですね。
そうです。認められることも重要ですし、接戦になったらしっかり粘ることも大切です。例えば、スコアで表すと、「50:50」は完全に迷っている状態ですが、65:35の接戦から、粘ることで55:45にできることもあります。55:45なら本当に頼んでもおかしくなかったわけですから、その会社は第二候補として大事にしておきたいと思われやすいのです。
――営業組織としての成功パターンと失敗パターンについてお聞かせください。
チームや組織レベルでの失敗パターンとして多いのは、「当たり前のことをやるだけなんだから助けてやらなくてもできるだろう」という考え方です。実際には支援が必要なのです。
営業はそれなりの難易度をともなう仕事なのに、何も助けずに「やれ」と言ってもできる人はごく少数です。しかし営業組織の構造として、「助けてもらわなくてもうまくいった」という稀有なサンプルの人が上にいることが多く、「自分は助けてもらわなくてもできたから、みんなもできるはず」という考えになりがちです。これが一番うまくいかないパターンです。
「ここまでしてやらなくちゃいけないのか」と思えるほどの支援をしている組織ほどうまくいきます。これを「甘やかし」ととらえる人もいますが、「本当の甘やかし」と「必要な支援」を混同してはいけません。結果が出ていないのに許したり、言ったことをやらないのに許したりするのは確かに甘やかしですが、結果を出すためのサポートは必要なマネジメントであり指導なのです。
また、うまくいっている営業チームには「共通言語」があります。「これが大事」「これをやればうまくいく」という言葉と認識がそろっています。一方、うまくいっていないチームはバラバラなのです。
――これからの営業組織に必要な変革について教えてください。
私が次に出版予定の本でも扱っているテーマですが、4つのポイントがあります。
これは未来に対する希望が湧くための具体的な経験です。目標宣言してコミットするだけでなく、熱いメッセージを伝える、うまくいかない原因を明らかにする、新しいアイデアを与えるなどさまざまな形があります。ずっとうまくいっていなかった時に原因がはっきりすれば希望の光が見えますし、尊敬する人から熱いメッセージを受け取れば希望が湧きます。
絶対にうまくいく方法はないので、小さなリスクを取ったトライが必要です。しかし「結果を出せ、失敗するな」と言われると、誰も試そうとしなくなります。そうすると成長が止まり、どこかで結果が出せなくなります。ある程度の失敗を織り込み済みにして、うまくいかないことからも学習できる環境をつくることが大切です。
お客様に絶対うまくいく方法を見つけるまでには時間がかかります。「これをやってみたらこうだった」ということを逐一振り返って改善し、言葉にしていくプロセスが必要です。試せる環境があっても、振り返って改善しなければ質は上がりません。試せる環境と振り返り学習はセットで、私はこれを「仮説検証ゲーム」と呼んでいます。
自分なりに営業に行って何が大事か、自分の強みは何かなど、頼りになる軸を自分の言葉にすることです。これがないと応用が利かなくなります。頼れるものがなければ、いつまでたってもブレイクスルーはできないのです。
営業は頑張ることが大切ですが、努力の方向性がズレてしまうともったいないです。仮面の裏側にある本音をしっかりと追いかけていくことが大切です。
私がこうした情報発信をしているモチベーションは、営業の人たちの頑張りが実るようにしたいという想いです。営業ほど「頑張ること」が露骨に求められる職業はありません。その頑張りが正しい方向に向かい、実を結ぶお手伝いができれば幸いです。
――ありがとうございました。
営業1万人・お客様1万人=2万人調査による膨大な検証分析をもとに12年間・営業4万人を指導してきた、現場に根差す実践的知見を持つ著者が「お客様の本音がわからない」という悩みで直面する各プロセスの「壁」を乗り越えるノウハウを1冊に凝縮。(かんき出版の書籍紹介ページより)
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TORiX株式会社 代表取締役
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで4万人以上の営業強化支援に携わる。
コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版 、シリーズ累計10万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング)、2022年『質問しだいで仕事がうまくいくって本当ですか? 』(KADOKAWA)、2023年『「口ベタ」でもなぜか伝わる 東大の話し方』(ダイヤモンド社)を出版。2万人調査の分析に基づき、2024年4月に発売された新刊『営業の科学』(かんき出版)は、6万部を超える反響を得ている。
2024年4月から東京学芸大学の客員准教授も務め、「”教育”と”営業”の交差点」を探究している。
また、東京都内で「人生のヒントが見つかる」をコンセプトにしたリアル書店も経営。
参考:高橋氏の最新著書情報
https://www.torix-corp.com/profile/