インタビュー

元キーエンス営業に聞く新時代のBtoB営業に必要な「仮説思考」とは?

元キーエンス営業に聞く新時代のBtoB営業に必要な「仮説思考」とは?

市場変化のスピードが早く、顧客のニーズが多様化・複雑化する今、BtoB営業に求められる思考や行動はどのようなものでしょうか。またAI時代にも価値を発揮できる営業に欠かせない思考法とは何か。

キーエンスやfreeeなどでBtoB営業のキャリア積み「仮説起点の営業論 セールス・スキルを磨くたった1つの方法」を出版された鈴木 眞理さんに、これからのBtoB営業に必要な「仮説思考」とは何かを詳しくお聞きしました。

  • 株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

    株式会社Datable VP of Sales

    鈴木 眞理(すずき・しんり)

    キーエンス、SAP、OPENTEXTにて主にエンタープライズ向けの営業に従事したのち、freee株式会社に入社。大規模会計事務所向けチームのマネージャーとして営業/導入コンサルティングに携わったのち、同社IPO事業部マネージャーとして同事業部の立ち上げを担当。2022年10月Datableに参画。

目次

BtoB営業が成果を出すために必要な「仮説思考」とは

「仮説思考」の定義

ーー今回の書籍で、営業が成果を出すためには「仮説思考」が重要であると紹介されています。「仮説思考」とはどういうものか教えてください。

仮説思考の定義は人によって多少違いがありますが、私は「今ある情報から結論を考え、後から足りない情報を調べて検証し正しいということを証明する」と定義しています。

そのためには「まず最初にどんな種類の結論(ゴール)を出すかを考える」必要があります。ゴールが不明瞭なままでは何を考え調べれば良いのか分かりません。ゴールを定めた上で仮説を立て、情報収集・調査しその情報をもとにそれが正しいかを検証していくことを仮説思考と呼んでいます

私がこれまでさまざまな法人営業に携わってきたなかで、成果が出るようになったタイミングがまさに仮説思考を取り入れ仮説構築に注力した時でした。エンタープライズ向けからSMB向け営業、フィールドセールスやインサイドセールス、営業責任者などあらゆる役割において仮説思考が役立ちました。

しかしはじめから仮説思考で成果を出せていたわけではなく若手の時代は成果が出せず苦労もありました。同じような状況にある営業担当者に「営業の現場でどのように仮説を使えば良いか」を伝えたいというのが書籍執筆のきっかけです。

株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

「仮説思考」を意識するきっかけはキーエンス時代に苦手だった“ガイホウ”

私がはじめて仮説思考を重要だと考えるようになったきっかけは、新卒入社したキーエンスの新人時代です。キーエンスでは外出報告書、通称・ガイホウと呼ばれる仕組みがあります。ガイホウでは、訪問の前日に上司や先輩に訪問予定の顧客について報告・相談をして、帰社後に訪問の結果や内容を報告するんですね。1年目に先輩から「この顧客訪問では何をするのか」と言われすぐに答えることができないことがありました。

キーエンスでは訪問件数や提案数を重視していることから、アポイント数を取ろうと思うあまり訪問自体が目的化していたのでしょう。その時に、これではお客さまに価値を届けられていないなと思ったんですね。

やはりお客さまに提案するからには、お客さまにとってのメリットを言語化し説明する必要があり、そのためにも仮説を立て検証することが重要だと考えました。その際にお客さま視点で考えることを特に意識するようになりました。

ーーその後、さまざまな営業を経験されるなかで仮説思考を取り入れ成果を出せるようになったのは、どのような経験や考え方の変化があったのでしょうか。

SAPジャパンに転職してからは、インサイドセールスを担当した後にエンタープライズ向けの営業を担当していました。SAPはプロダクトの種類が多く、例えばERP(エンタープライズリソースプランニング)だけでも、経理・財務から人事、製造、調達・購買まで幅広い領域をカバーしています。さらにCRMやSCM、あとSRMと呼ばれる購買や開発をサポートするサービスなど、企業が必要とするほぼすべての領域でソリューションを持っています。そのような環境で、お客さまに一からすべて説明・提案しようとすると何日かかっても終わりません。

そこで、お客さまのニーズに合致した内容をピンポイントで説明しないと価値が出せないと考えました。企業のIR情報やお客さまとの会話などから、企業が何を目指しどのような課題があり解決策は何なのか、仮説を立て行動するようになりました。

顧客視点に立つことで「仮説思考」営業ができる

ーー企業の情報収集をしてお客さまと会話もしているけれどそこから仮説を立てることが苦手だという営業担当者も少なくないと思います。仮説思考営業にはどのような視点が必要でしょうか。

顧客視点に立つことが重要です。お客さまが最終的にどうなりたいか、どうしたいかというゴールから考えることを意識しています。

自分起点の営業の弊害でいうと、例えば、私の前職のfreeeではクラウドの会計ソフトを提供していたのですが、営業が「クラウドの会計ソフトはどこからでも使えます。インターネットバンクから通帳の明細情報を持ってきて自動仕訳できます」と説明したとしても、そのお客様が事務所からしか入力しなかったり、通帳の明細数が少なく入力に苦労していなかったりするのであれば、お客さまにとっては何も価値がありません。

自分起点もしくは自社サービス起点ではなく、顧客起点でお客さま自身のゴールや企業としての最終的なゴールは何かを見極めることが大切です。売上を伸ばす、コストを下げる、利益を上げるなど会社としてのゴールがありますよね。そこから分解することで、会社としてのあるべき姿から事業のゴール、お客さま自身のミッションやゴールは何かが見えてきます。

そのゴールを達成するためには何が必要なのかを遡って考えていくと、お客さまにとって自社サービスがどう役に立つのかという発想ができるようになると思います。

ーーソリューション営業のよくある問題として、お客さまに課題を聞いたものの曖昧なままお互いにずれた議論をしてしまうことがあります。今のお話しでは、お客さまの課題を重視しながらも一段上、二段上を見て、企業としてのゴールは何かを考えた上で提案をしていきましょうということでしょうか。

そうですね。お客さま自身が課題を認識していないケースも少なくないため、お客さまのゴールから見て仮説を立てぶつけてみることが大切です。

さらにお客さまの役職レイヤーによっても認識している課題は異なります。経営層であれば中長期的な視点で会社をどう伸ばすかという戦略的思考を持っていますが、現場の課題感については解像度が高くないケースがあります。視点をあえて下げて仮説を立てぶつけると、今までにない気付きがあるといってもらえることがあるので全体を俯瞰することが重要です。

反対に現場担当者とお話しする時は、目の前のことに精一杯である場合も多く、かつその課題だけを解決しても会社としてプラスにならないケースがあります。その場合は、会社のゴールから話すことが必要です。

株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

「仮説思考」はなくても売れる?

ーー仮説思考を持たなくても成果を出してきました、という営業もいるかと思います。そういう人にも仮説思考は必要になってくるのでしょうか。

営業に必要なスキルのひとつとして、目の前の人に気に入ってもらうようなコミュニケーション能力があります。もちろんコミュニケーション能力は必要ではあるものの、購買の意思決定に必要な要素は商材やお客さまの規模感によっても変わります。高額であるほどそれに見合う価値を求めますし関係者も増えるでしょう。それを乗り越えるにはコミュニケーション能力だけでは難しいと思います。

お客さまにとっての商品やサービスの価値は何かを適切に伝えるためには仮説思考が必要です。

また仮説思考は必要ないという営業も、実は頭の中では仮説を立てていると思います。「営業はセンス」といわれることがありますが、言語化していないだけで頭の中では仮説を使っているのではないでしょうか。経験則に基づいた仮説があるからセンスを発揮できているともいえると思います。

「仮説思考」はじめの一歩は、仮説を作る・答え合わせ・ロープレ

ーーうまく仮説を立てられていないと思っている営業担当者が、はじめの一歩として取り組むべきことは何でしょうか。

  1. 顧客視点に立ち顧客のゴールを書き出す(仮説を作る)
  2. 1について上司や先輩にレビューしてもらう(答え合わせ)
  3. 訪問予定のお客さまを想定したロープレを行う

この3つを実行した上で顧客訪問すると、訪問後に仮説が正しかったかどうか検証ができるんですね。そしてまた仮説を作り答え合わせをする、ということを繰り返すことでスキルが上がるのでおすすめです。

「仮説思考」が重要である2つの背景

ーー仮説思考が今この時代に改めて重要になってきた背景をどのように考えますか。

【背景1】企業の課題が複雑化している

1つは、企業が抱える課題が複雑になってきていることが挙げられると思います。

高度成長期のように人口が増え消費が加速しているなかであれば、数を増やせば売れますし解決する課題も単純でした。しかし現在は人口は減少し消費も減速、ただテクノロジーは進化しプロダクトは増えている。分かりやすい課題はすでに解決されているといえるでしょう。

そのような環境下で競争に勝つためには、お客さまがまだ気付いていない課題を解決していかないといけません。潜在的な課題を見つけるためには仮説を立て、お客さまに投げかける必要があります。

株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

【背景2】世の中の変化スピードが加速している

2つ目は、世の中の変化スピードが非常に速くなっていることが挙げられます。インターネット上のサービスが普及するまでの速度が日々加速していることは多くの方が実感していると思います。

そのような急激な変化においては、今までの正解が正しくないケースも多くあります。大きな価値を創出するには、ゴールや理想、結論から考え仮説を立て検証する必要があります。

BtoB営業が高めるべき「介在価値」とは

ーー書籍のなかでこのような環境下における営業の存在意義とは「介在価値」にあるとおっしゃられていました。「営業介在価値」とはどのようなものでしょうか。

「営業介在価値」とは営業が介在することでどれだけの価値を創出できているかということです。自社にとってはもちろんお客さまにとってどれだけ価値があるかも問われます。

キーエンス営業時代に気付いた「営業介在価値」の重要性

ーー営業介在価値が重要だと意識されるようになったきっかけを教えてください。

はじめに意識するようになったのはキーエンスで営業をしていた時ですね。

キーエンスは利益率をとても重視しています。営業の評価は売り上げではなくて成果額と呼ばれています。成果額とは売上高から社内仕切りと呼ばれるプロダクトの材料費や開発費などを引いたものです。それが営業の成績になるんですね。

株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

例えば3割が仕切り価格だとして定価で売れば成果額は7割ですが、これを半額で売ると成果額は定価の2割になります。割引きして売っても成績は上がりません。

また値引きの承認フローも非常に厳しく、値引きにあたってはなぜその価格にするのか相応の理由が必要でした。

一方、私がいたFA業界は工場によく部品商社さんが来て、物によっては8割引き、9割引きで売っているのが当たり前の業界なんです。競合のプロダクトの方が安いとなると自社が届けている価値とは何かということを考えざるを得ません。プロダクトの性能や機能の優劣はありますが、お客さまがすべて理解するのは難しく、かつただ使うだけであれば価格比較になってしまいます。

そのような状況において例えば、「このセンサは精度が20%高いのです」という話ではなく「現在不良品が多く発生しているのは、ここのセンサの精度が悪いからです。このセンサを精度が高いセンサに変えれば不良品の発生率が10%下がるので、部品のロスを大きく減らすことができます」という話をして、顧客の課題に紐づいた提案で営業介在価値を高めることを考えるようになりました。

営業が介在することでお客さまが課題に気付き解決できた、そこに介在価値があると思います。

「介在価値」を創出できない営業は生き残れない?

ーー逆に、介在価値を創出できない営業というのはこれから生き残るのは難しいということでしょうか。

そうですね。インターネットで欲しい情報は取得できますし、ECはもちろんプロダクトレッドグロースという考え方もあり、営業がいなくても売れるという現状があります。

そのような環境においては、潜在的な課題やお客さまが気付いていない解決策を提案するといった、仮説思考で営業介在価値をいかに高められるかが営業の存在意義になるのではないでしょうか。

売上目標に追われる営業が「介在価値」を創出するには

ーー売上目標に追われるなか、どのように介在価値を高めれば良いか分からない営業も少なくないと思います。そのような場合どういったアドバイスをされていますか。

まず、行動量を増やして売れるのであれば行動量を増やした方が良いと思います。ただそれにも限界があるでしょう。

また行動量が多かったとしても競合とぶつかるケースもあります。そうした場合に自社製品との差をしっかりお客さまに伝えることができ、相談に対しても的確なアドバイスができる営業でなければ競合を選ばれてしまうと思います。行動量をベースに質を高めることが重要です。

株式会社Datable VP of Sales 鈴木 眞理(すずき・しんり)

個人の目標から2段階上のレイヤーまで考えることで自社にとっての介在価値を生む

また営業としての成長を考えたときに、2段階くらい上のレイヤーの視点で考え行動するのが良いと考えています。

営業個人の目標が売上だったとしても、上長である事業部長の目標はその事業の利益をいかに上げるかでしょう。営業の売上目標を達成するために値引きをして売上を上げたが利益がないというのでは個人目標を達成しているけれど、事業部としての目標は達成できていないということになってしまいます。

事業部としての利益を意識し行動することは、自社にとっての介在価値があるといえます。

お客さまからのフィードバックをもとに解決策を生むのも介在価値

営業はお客さまとの接触機会が多いことから、お客さまからのフィードバックを自社に還元し新たな価値を創出するという考え方もあります。

例えば自社のプロダクトでお客さまの課題が解決できなかったというフィードバックをもらったとして、同様の課題が他のお客さまにも共通してあるのであれば、その課題に対する解決策を作れば新たなビジネスにつながります。フィードバックの結果が会社の売上に貢献しているのであれば価値を創出しているといえると思います。

会社員である以上、自分の売上目標をただ追い求めるのではなく会社全体の利益に貢献することが重要です。そういった視点から本質的な行動とは何かを考えることが大切だと思います。

お客さまにとって「介在価値」の高い営業を受けるメリット

ーーお客さまとしてどのような営業がうれしいか、営業を受ける側としてはどのようにお考えですか。

営業を受ける側になって気付いたこと

お客さま側、営業を受ける側に立つ経験はとても重要です。これまで私も営業向けの商材やツール導入に向けた営業を受けたことがあり、自分がお客さま側になることで多くのことに気付けました。

仕事で営業を受ける経験がなくとも、個人向けの商材であれば誰しも機会があると思います。例えば家を買う時に、脈絡のない物件をただ紹介する営業と、買い手の家族構成や生活、ライフスタイルまで考えてワクワク感ある提案をしてくれる営業だったら後者を選びますよね。相手にとって価値ある情報や提案とは何かという顧客起点で提案できる営業は、お客さまの立場からしてもニーズがあると思います。

導入後の社内調整まで見据えた提案ができる営業は貴重

BtoBの商材でいうと、販売して終わりではなくサービス導入にかかる業務も見据えた提案があると買い手としては助かるのではないでしょうか。

私自身もツールやサービスを契約した後の導入に向けた社内調整やスケジューリングに苦労した経験があります。売ってゴールではなくその先まで考えて提案してくれる営業は貴重だと思います。

これからの時代に求められる、AIでは代替が効かない営業の価値とは

ーー生成系AIの進化もあり営業不要論もあるなか、これからの時代に求められる営業の価値をどのようにお考えでしょうか。

これからは、ただ説明するだけ、情報を持ってくるだけの営業の価値はどんどん下がってくると思います。既存の情報をまとめるだけであれば生成系AIが代替できる部分も多いでしょう。

そのなかで営業が価値を発揮するには、過去の統計から答えを導き出すのではなくお客さまのゴールから見た時に最適な提案をすることが重要だと思います。

例えば過去の統計からすると成功確率が低いと思われる事業であっても、ゴールから見た時に今投資すべきだと提案したり周囲を巻き込んで新たな手法を模索したりすることはAIには難しいのではないでしょうか。場合によってはロジックではなく熱意が人を動かすシーンもあるでしょう。

変化スピードの速いこれからの時代において価値を創出するにはやはり仮説思考が鍵になると思います。

ーーありがとうございました!

【聞き手:山下航希】

インタビューの様子は動画でも公開中!

「仮説起点の営業論 セールス・スキルを磨くたった1つの方法」 (角川書店単行本) 鈴木 眞理 (著)

キーエンスで学び、freeeで磨いた「仮説ドリブン」の営業論。本質的な課題設定から、情報収集、仮説構築、検証、交渉まで。一つ上の営業スキルを手に入れるための方法論を具体的に解説した決定版。


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この記事を書いた人

鈴木 舞
鈴木 舞

BeMARKE編集長。これまで15年以上Webメディア運営・コンテンツ制作に携わる。前職では美容系Webメディア編集長としてサイト規模を2年で28倍の2,800万PVに成長させる。2022年より現職。BeMARKEのコンテンツ編集・制作方針や計画の策定、取材・執筆などを担当。

X(旧Twitter):@maisuzuki_bmk

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