インタビュー
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは、ターゲット企業を特定した上で、マーケティングと営業が連携し成果を最大化するマーケティング手法です。
日本のBtoB企業でもABMに取り組みはじめる企業が増えているものの、成果につなげることに難しさを感じている企業は少なくありません。ABMを実行しきれない原因と難しさとは何か。
今回、株式会社Grand Central アカウントセールス本部 ゼネラルマネージャー 佐藤幹太氏に、ABMの難しさから成果につなげる戦略・実行の鉄則について詳しいお話を伺いました。
株式会社Grand Central アカウントセールス本部 ゼネラルマネージャー
青山学院大学を卒業後、新卒で株式会社キーエンスに入社。法人向けコンサルティングセールスに従事し、過去最高売上レコード更新や、全社ランキングなどを含め社内表彰を多数経験。その後、セールスコンサルタントとしてGrandCentralに参画し、主にナショナルクライアントの既存事業グロースから新規事業立ち上げを得意とする。また全社のマーケティング戦略立案に携わり、新規顧客開拓におけるリード創出に従事する。
ーー日本の現状のABMの浸透度合いをどのようにとらえられていますか。
日本におけるABMの浸透度合いは、海外に比べて遅れていると思います。
当社はお客様の営業活動を支援するなかで、ベンチャーから大手企業までさまざまな営業組織の活動状況を見てきました。
営業DXの推進実態としては、SaaS系企業が一歩抜きん出ている印象です。ただ先進企業も、実際には「DX」という言葉だけがひとり歩きしていて全社的に浸透しているとはいえない印象です。ABMに関しても、営業DXの浸透度合いに比例するように浸透しているとはいえない状況です。
ーー海外の企業と比べてどのような点が遅れているのでしょうか。
海外と日本の企業を比べたとき「顧客解像度の高さ」に差があると感じています。
以前私が、海外に拠点を置く企業の日本におけるABM戦略・実行をご支援した際には、その顧客解像度の高さに驚きました。ターゲット企業でさえ認識できていないようなニーズを深堀りし行動分析を行っていたんですね。
その上でターゲットに刺さる施策を細かく設定し実行する姿に、「海外企業のABMはここまで進んでいるのか」と衝撃を受けました。海外の最先端事例に比べると、日本企業はまだまだ顧客解像度が低いと思います。
ABMを進めるには顧客解像度を上げることが重要です。
特にABMのターゲット選定における理由や背景といった「妥当性」が成功のカギとなるのですが、そこが曖昧な企業が多い印象です。仮説をベースにした理想論でターゲットを設定している。
原因のひとつには、マーケターが営業現場の生の声を聞かずに戦略を立てていることで机上の空論になっているということが挙げられます。
また市場における自社のポジションや製品・サービスに対する理解も欠かせません。しかし自社理解ができておらず、お客様目線にも立っていない企業が多い印象です。
自社や顧客の理解ができているか、俯瞰して見られる人材がいるかどうかもポイントですね。全体を俯瞰しつつ施策をリードする「推進者」の存在があってこそABMはスタート地点に立てると思います。採用か育成によって推進者となる人材を確保し、体制づくりをすることがABMの第1ステップです。
ーー日本企業が顧客解像度を上げられない原因には、どのような背景があるのでしょうか。
日本企業では営業担当者が顧客情報を共有する文化がないということも、顧客解像度を上げられない原因のひとつだと思います。「自分だけが売れていれば良い」という考えの営業担当者もいまだに少なくないのではないでしょうか。
情報が共有されず分散していることで、営業活動全般の分析や顧客理解が進まない。海外と比較して遅れているというより、日本企業の本質的な課題といえます。
特に大手企業では部署数が多く縦割り組織で、部門間連携が難しい。そのような組織・体制や企業体質がABMを難しくしていると思います。
ABMではマーケティング部と営業部の部門間連携が欠かせないのですが、うまく連携できている組織はとても少ないですね。
ーー日本企業が現状の課題を乗り越え、ABMを成果につなげるために必要なことを教えて下さい。
ABMを成果につなげるには、一枚岩の実行部隊をつくることが重要です。
ABMではマーケティング部と営業部がひとつの目標に向けて連携する必要があります。自分や自チームだけが成果を上げられれば良いという考えではうまくいきません。
一枚岩のチームをつくるためにも、日頃から企業風土や文化を醸成しメンバーに浸透させることが大事です。当社では「おもてなし精神」「品質至上主義」という理念を共有し、その言葉が1日に何度も社内で飛び交うほど、全員が共通認識を持ち行動しています。企業理念の読み合わせを月に2,3回ほど全体会議で行い、社内に浸透させています。
企業として「組織で動いていく」という文化を醸成することで、強い組織ができると思います。
2つ目のポイントは、数値をもとに議論を行うということです。
ABM戦略の立案にあたり、はじめは「定性的な仮説」をもとに進めることになると思います。しかし定性情報は、定量的なデータに比べて共通認識を持ちづらい。
データをもとに、マーケティング・営業担当者間の認識を合わせながら議論するには、CRM/SFAを導入しデータ基盤を整えることが欠かせません。
導入後、いかに営業担当者にCRM/SFAに入力してもらうかという点では、データ入力によってどのようなメリットがあるかを伝えることで、入力を徹底する文化をつくっていくことも重要です。
ーーGrand Central社では、ABM施策において主にどのような指標を見ているのですか。
ABM特有の指標としては、獲得したリードにおける検討層の含有率と、その層にどれくらいアプローチできたかという指標としてインサイドセールスの通電率を見ていますね。
ねらっている層にどれだけアプローチできているかを明確化するという点でABMならではの指標であり、獲得したリードすべてにアプローチする他のマーケティング施策ともっとも異なる点であるといえます。
また細かい指標としては、初回商談で失注したのか、2次提案を行ったけれど失注したのかという分岐を見ています。リードの質に問題があったのか、提案内容が適切ではなかったのかをデータとして可視化することで、ボトルネックを早期に発見できる体制をつくっています。
当社では商材特性やターゲットの志向に合わせ、インバウンド営業に注力し、アウトバウンド営業を積極的に行っていません。その点では、一般的なABM戦略と多少異なる可能性があります。ただアカウントによって、アウトバウンド型が有効である場合は実行しています。
3つ目のポイントは「絶えず考え抜く姿勢」をキープすることです。
施策がある程度うまくいきはじめるとそこで満足し、成長が鈍化することがあります。ただ市場やサービス、ターゲットを取り巻く環境の変化スピードは年々早まっています。そのため現状に甘んじず、常に改善のPDCAをまわすことが大切です。
私自身も、1度のウェビナーの成功体験によって改善の手をゆるめてしまったことがありました。周囲からの指摘によって取り組みを見直し、それ以来「絶えず考え抜く」ことを意識するようになりました。
特に推進者が「絶えず考え抜く姿勢」を周囲に見せることで、そのマインドが組織に浸透すると実感しています。
当社では現場のメンバーから施策の改善アイデアがポンポン出てくるため、とても助かっています。日頃から、意見が活発に出てくる環境や文化をつくれているかが重要です。
ーー「ABM」という言葉が浸透していない環境だけれど挑戦したいという営業担当者が、まず第一歩を踏み出すとしたらどこからはじめたら良いでしょうか。
まず「ABMとは何か」を学ぶことからはじめると良いと思います。今はABMに関するウェビナーやWeb上のコンテンツ、書籍などから情報を入手しやすくなっています。
学んだ上で何をすべきかは、営業担当者と営業マネージャーなど役職によって異なります。
営業担当者の場合は、まず顧客ごとに自分の営業スタイルを変えてみると良いでしょう。その上で施策のPDCAをまわしていくことが、ABMに取り組むはじめの一歩だと思います。
ABM戦略の重要性を理解しはじめた営業マネージャーの場合は、まず自分ひとりでABMを実行してみるのがおすすめです。スモールスタートであっても、一歩踏み出す姿勢を社内に見せることが大事です。実際に動いてみることで見えてくることもたくさんあります。
私もひとりでABMをスタートした経験があります。
そのとき私が行ったことは、ターゲット企業を数10社ぐらい決めてその営業責任者へFacebookでDMを送ることでした。それによって実際に責任者とつながることができました。自分ひとりでも施策実行できること、結果を出せることをチーム内でシェアすることでメンバーに刺激や影響を与えることができると思います。
最初から全社的に取り組もうとする企業も少なくないのですが、たいてい失敗します。企業規模にもよりますが、小さくはじめて成功体験を積み上げていくのが、リスクを最小限にしながら成功するコツだと思います。
ーーABMプロジェクト初期には、どのような指標をKPIに設定するのが良いでしょうか。
初期フェーズでは行動量をKPIに設定すると良いと思います。目標とする商談数を獲得するための活動量やリストの数を定量的な指標におとすのがおすすめです。
まだ実績がなく仮説ベースで進めるしかない場合は、どれだけ行動できたかを評価するのが分かりやすいと思います。
前職のキーエンスでは、新卒の営業担当者の評価項目の7割は行動評価でした。営業成績は全体の3割ほど。キャリア初期は営業経験やノウハウがない分、行動量で補うという考え方ですね。戦略の部分は専門チームが用意していました。
これをサービスにあてはめると、サービスの初期フェーズは未知数なことが多い分「まずはどれだけ行動できたか」を成果指標としよう、という考え方になります。
アカウントプランを作成する担当者と実動部隊を分けて、成果指標を追っていくのが良いと思います。
ーーアカウントプラン(例えばA社に対してはこういうアプローチ、B社に対してはこういうアプローチというイメージ)をつくるのが難しい、専門知識を持つ人材が不足しているという声も聞きます。
人材が不足している場合は、育成していく必要はありますね。
アカウントプランの全体設計はマーケティング担当者が得意な印象です。ただ1社ごと、個別具体のアカウントプラン作成に関しては営業経験者の意見を取り入れる必要があると思います。
それらの背景からアカウントプラン作成者として適任なのは、営業経験のあるマーケターだと思います。営業担当者として現場経験があり、営業の課題や痛みも理解した上でマーケティングの知識をつけて個別具体の戦略を考えられる人材が一番強いですね。
現場を知っているからこそ、営業担当者との連携も図りやすいと思います。
ーー課題や難しさの多いABMですが、今こそABMに取り組むべき理由とは何でしょうか。
営業活動において「お客様の立場で考える」ことの重要性が増している今こそ、ABMが必要だと考えています。
コロナ禍を経てオンライン商談もめずらしくなくなり、その分、営業担当者の人柄や熱い思いなどを武器にすることが難しくなりました。また多くのお客様は、営業担当者と接する前に、Web上で情報を入手し検討を進めているといわれています。
そのなかで他社と差別化するには、アカウントごとに特化した戦略が必要です。「お客様の立場で考えた」個別具体の戦略を持たない営業は、時代から取り残されてしまうでしょう。
だからこそABMに取り組むべきだと思います。
他社と差別化し勝つためにも、自社の強みと弱みを定性・定量の両面で徹底的に分析し理解する。その上で、常に施策改善のPDCAをまわしていくことが重要です。
「自社サービスの強みがない」という企業ほど、営業活動で差別化する必要があると思います。ABMはマーケティングと営業が連携して進める施策だからこそ、製品やサービスの特徴を出せないときは、営業のアプローチや説明の仕方で差別化するという戦略を取れるはずです。
ABMにおいては、即効性のある当たり施策もあれば、なかなか目が出ない施策もあるでしょう。課題や難しさを挙げたらきりがないものの、取り組み次第では営業の可能性や機会が広がる施策だと思います。
成果につなげるポイントとして一貫していえることは「絶えず考え抜く」ということです。ABMの効果を最大化するためにも、いかに周囲を巻き込み、期待感を持って取り組んでもらうかが重要です。ひとつの目標に向かい、部門を超えて同じ目線で成果を上げる組織を構築していきましょう。
ーーありがとうございました!