インタビュー
コロナ禍をきっかけに、多くのBtoB企業がデジタルツールの導入やリモートワーク環境の整備などを進めました。しかし営業DXによって営業生産性を向上できているかという観点では「成果につながらない」「はじめ方が分からない」と課題を感じている営業担当者は少なくないでしょう。
営業生産性を上げるために、どのように営業DXを進めていくのが良いのか。
Sansan株式会社 執行役員/Sansan事業部長の小川泰正氏に、企業規模ごとの課題に即した営業DX推進の要諦について、詳しいお話を伺いました。
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Sansan株式会社 執行役員/Sansan事業部 事業部長
2002年、エン・ジャパン株式会社に入社。事業部長を経て、子会社の取締役として事業立ち上げに従事。2015年にSansan株式会社に入社。執行役員として、営業DXサービス「Sansan」のカスタマーサクセスやマーケティングなどを牽引。2020年よりEight事業のプロダクトオーナーとして、名刺アプリ「Eight」をプロダクト刷新し、Eightの進化を牽引。2023年、Sansan事業の事業責任者に着任。
ーー日本のBtoB企業における営業生産性に関する課題や現在地をどのようにとらえていますか。
2024年現在は、「DX」と名のつく部署やプロジェクトを設置している企業をよく見ます。私が2015年にSansanに入社した当時は、「DX」という言葉を国内で聞くことはまだ少なかった。
2018年を過ぎた頃からSaaS企業の勢いが増し、DX推進や働き方改革の流れが顕著になってきました。その背景には、労働人口の減少に対する危機感の高まりと、それに伴い生産性向上に向けた取り組みに対する注目度が上がってきたという流れがあるでしょう。
そしてコロナ禍をきっかけに、ITやデジタル活用、DXに投資するという流れが一気に加速しました。多くの企業が生産性向上のための取り組みをスタートさせたという意味で、ターニングポイントであったと思います。
当社も名刺管理という営業活動の1丁目1番地における効率化に向き合い、営業生産性の向上を後押ししてきました。2023年にSansanは、導入社数9000件、売上シェア82.4%超を実現しました。
しかし日本における利用企業カバー率をみると、大手17.2%、中小5%以下と、まだまだ成長余地があります。つまり、それだけ日本全体の営業DXは進んでいないといえます。
実際に企業の営業DX推進の状況を見ると、経営層はDX推進意欲が高いものの現場の意欲は高まっていないというケースがよくあります。経営層と現場では物事を見る尺度や期間、視座などが異なるためギャップが生じるのは当然ながら、全社的な足並みがそろわないことでDXが進まないという構造的な問題を抱える企業が多い印象です。
またマッキンゼー社のレポート※によると、日本の典型的なBtoB企業の営業担当者は、提案準備などの「顧客関連の活動」に労働時間の55%をかけていることが明らかになっています。それに対して理想的な時間配分は「顧客関連の活動」を35%に抑え、その分、顧客への営業活動の割合を増やすことだと指摘されています。
※参考:日本の営業生産性はなぜ低いのかこの結果からも、日本のBtoB企業の営業現場における生産性向上は、まだ伸びしろがあるといえます。
ーー大手企業と中小企業、それぞれの営業生産性向上に関してどのような課題が挙げられますか。また、課題に対してどのように営業DXを進めるのが効果的でしょうか。
大手企業の課題としてよく挙がるのは、従業員数が多いことから、一人ひとりの業務効率の悪さが積み重なることで莫大なコストがかかるリスクがあるということです。組織横断的に業務効率を向上させ、いかにコスト削減できるかが重要なテーマといえます。
コロナ禍をきっかけに、業務のデジタル化やリモートワークの必要性が高まり、多数のツールを導入した大手企業は少なくないでしょう。
しかし企業規模が大きいほど、ツールを導入したものの全社的な活用が進まず業務効率化が図れていないという声をよく聞きます。ツールを使いこなすための知識やスキルに偏りがあり、部署ごとに異なるツールを導入したことで連携ができず成果につながらないケースも。ツールを活用できなければ導入コストが膨らむばかりで、効果は限定的になってしまいます。
大手企業ではDX推進室を設置するなど、中小企業と比較してもDXは進んでいる印象です。DXがある程度進んだ大手企業にとって現在は、コロナ禍に導入したツールの再選定や取捨選択を行うタイミングともいえます。
ツールの導入や見直しにあたっては、ツール活用によってどこまでコスト削減できているかという投資対効果(ROI)をはっきりと示すことが重要です。
ただ大手企業の場合は部署や従業員数が多く、ツールを使うことでいくら売上が上がるかということを証明しづらい側面もあります。そこでおすすめなのが、時間を人件費に置き換えることで、どのくらいの費用対効果を出せているのか示すということです。
例えばツールにかかる費用に対して、それによって人件費をどれだけ削減できるのかを数値化し費用対効果として提示するのが分かりやすいでしょう。
Sansan導入の場合は、名刺関連の業務にかかる工数として、一月に一人当たり3.5時間を削減できると想定しています。1,000人規模の会社であれば一月に3,500時間、人件費に換算すると一月に約1,000万円を削減できることになります。
中小企業の営業DXにおいては、コスト削減よりも、売上拡大に関する課題解決の優先度が高いでしょう。
中小企業では営業の人数も限定的であるため、各人のスキルや経験に頼らざるを得ず「営業の属人化」が課題になりがちです。情報のバラつきと管理・共有不足、トップ営業の退職に伴う売上の落ち込みなど、営業の属人化によって売上が伸び悩むケースも少なくありません。
属人的な営業活動から脱却するためにも、次の3つのポイントを押さえることが重要です。
営業の属人化を防ぎ、データ活用による戦略的な営業活動を加速させるには、企業との接点情報を蓄積しデータベースを構築することが重要です。
データベースを構築するためのツールを導入する際には、このツールを使って売上がどれだけ上がるのか、リードがどれだけ増えるのかという点を具体的に確認する必要があると思います。
Sansan株式会社の営業活動を分析すると、営業リストに架電した場合、接点をもっていない企業へのアポイント確率は2.0%、接点をもっている営業リストへのアポイント確率は6.8%。接点をもっている企業へのアポイント獲得率は、接点を持っていない企業の約3.5倍という結果が出ています。
このことからも企業との接点情報をデータベース化し営業活動に生かすことの重要性が分かります。
ーー営業DX推進にあたり、BtoB企業がつまずきがちなポイントと対策について詳しく教えてください。
経営層が営業DXを進めようとツールを導入しても、現場に目的や意図が伝わりきらず、ツール活用のニーズもないというケースをよく見聞きします。
ツール導入に意欲的なメンバーと実際にツールを運用するメンバーは異なる場合が多く、目的に関する認識合わせができないことでツール活用が進まず、社内に浸透しづらいことがあります。
営業DXを推進するには、ツールの導入目的を明確化した上で推進体制を構築することが重要です。全社的に浸透させるには、DX推進プロジェクトチームと各部署が連携し進める必要があります。その際には、プロジェクト全体をリードする「推進者」の存在も欠かせません。
また社内に営業DXの導入効果を伝え浸透させていくには、投資対効果を明確に提示すると良いでしょう。
Sansanを導入いただいている神戸製鋼所では、中期経営計画のなかにDX推進を組み込み、その1つとして「お客様対応DX」を掲げていました。お客様対応の質を向上させることを目的に、名刺をはじめとしたお客様との接点データを鮮度高く管理できる基盤構築のためSansanを導入いただきました。
「お客様対応DX」推進にあたっては、DX戦略プロジェクトグループを管掌する取締役自らが旗ふり役となってさまざまな施策を推進されていたこともポイントですね。
社内ポータルサイトの構築や操作マニュアルの整備と共有、部門特化の説明会などを通して各部署と連携しながら「お客様対応DX」を社内に浸透させていきました。
取り組みの結果、これまで膨大な工数がかかっていた顧客情報の入力をシステム化し営業前の準備時間を短縮できました。また顧客との接点情報を可視化することで、商談準備時間を短縮し顧客とのコミュニケーションの質と量の改善につなげたそうです。
定量的な効果として、年間約4,000時間の工数削減の見込みが立ったそうです。
こうした投資対効果を社内に明示し、外部の取材やイベント登壇などでプレゼンスを発揮することで「お客様対応DX」を浸透させていったことも成功のポイントです。
営業DXを全社的に浸透させるには、ツール活用に関する説明会や勉強会が欠かせません。ただすべてを自社で用意し進めるのは難しいでしょう。
サービス提供者によるオンボーディング支援を受けることで、ツール導入から活用までの道筋を描けます。オンボーディングにしっかりと時間とコストをかけるか否かで、その後の活用度合いが決まるといって良いと思います。
ーー営業DX推進において投資対効果を示す際のポイントは何でしょうか。
投資対効果を示すには定量化が欠かせません。例えばツール導入による業務効率化の指標としては、業務工数を人件費に換算するというのもひとつの方法です。また売上拡大の指標としては、リード獲得数を定量的な目標として設定するという方法もあります。
ただ投資対効果は、実際にツールを導入し運用してみないと正確な数値を算出することは難しい。ツール導入前に投資対効果を示す必要がある場合は、サービス提供社のサポートを得ると良いでしょう。実績のあるベンダーはサンプル数も豊富であるため、各社の目的や環境を踏まえた上で信憑性のある数値を示せます。
他にもツール導入前に投資対効果を示す方法としては、自社と近い業界や規模、課題感が似ている企業のツール活用状況と成果を資料にまとめ、社内に提示するという進め方があります。
具体的には次のような内容を稟議書にまとめると良いでしょう。
ーーBtoB企業が全社的に、営業DXを推進していくためのポイントは何でしょうか。
ボトムアップで進める例としては、まずは営業部がツールを導入・活用しその効果を全社に示し広げていくという進め方があります。営業の領域だけではなく、全社として「働き方」を変え生産性を上げていこう、という方向で働きかけるのが良いと思います。
一方、トップダウンで進めた方が良い場合もあります。全社的に生産性を上げ工数やコストを削減していく方針を定めた場合や、全社的にセキュリティを強化するタイミングなどは、上層部からの働きかけによって推進する必要があるでしょう。
組織としてどのように営業DXを進めるかは、企業風土や事業フェーズ、状況や課題にあわせて判断することになります。まずは目的を明確化した上で推進体制を構築することが何よりも重要です。
ーー営業DX推進によって日本のBtoB企業の営業活動はどのように進化すると考えますか。
営業DXによって業務を効率化すると、顧客コミュニケーションなどより質の高い業務に時間を割けるようになります。
当社サービスであるBill Oneを例にすると、その営業活動においてはSansanのデータベースを活用することで、MRR前年同期比179.5%増、ARR59億37百万円と短期間での急成長につながりました。
Bill Oneを導入した企業のうち6割が、Sansan上で可視化された人脈から生み出されたものでした。新規事業においてはいかにリード獲得するかが課題になりますが、Bill Oneの成長にはこれまでSansanに蓄積してきたデータが重要な役割を果たしました。
Bill Oneの例にもあるように、Sansanのデータベースを活用することでビジネス機会を最大化し売上拡大につなげられます。この強みをさらに伸ばすべく、次の2点を強化しSansanをさらに進化させていきたいと考えています。
これまでは名刺やメールなど、人物起点でSansanのデータベースを活用することが中心でした。そのため、企業1社1社の情報を能動的に確認するには強みがあるが、企業をリストとして管理することができませんでした。
営業担当者は新規開拓、既存深耕など担当ごとにターゲットリストを保有し、そのリストからの売上拡大を目標にしていることがほとんどでしょう。営業ごとにターゲットリストを作成でき、最新ニュースや他社員の接点・活動情報が更新されてレコメンドされるようになるとターゲットリストさえ作成すれば営業は受動的にその情報を受け取ることができます。
各営業担当者が企業を軸としたターゲットリストを効率的に作成でき、管理者はその活動状況を一覧で見られるという環境を提供していきたいですね。
社外の人脈を管理するというのがSansanの強みです。一方、組織のサイロ化が壁となり社内のコラボレーションが生まれにくいことが多くの企業の課題になっています。
既に提供している、社員の名刺を一括作成できる機能を使い、その名刺から個々の経歴・プロフィールを自動的に作成、電話帳機能を組み合わせることで、社内におけるコラボレーションツールとして進化していきたいと考えています。
保有している名刺情報などをもとにどういう強みを有した社員かまで可視化し、情報を欲していそうな他社員に対してレコメンドする機能なども開発していきたいですね。
Sansanは、「名刺管理から収益を最大化する」を新しいタグラインとして掲げています。営業DX推進によって「収益の最大化」を実現するには、2つの重要な観点があります。
1つ目は「ビジネス機会の最大化による売上拡大」です。ビジネス機会を最大化させるためにも、リードの量と質をより良く改善していくことが重要です。
2つ目は「生産性向上によるコスト削減」です。収益を最大化する支援をするということですね。
今後もこの2点に注力し価値を提供し続けていきたいと思っています。
ーーありがとうございました!