インタビュー

セールステックと営業DXの未来。淘汰か成長か?日本の営業組織が今、目指すべき方向性を探る

セールステックと営業DXの未来。淘汰か成長か?日本の営業組織が今、目指すべき方向性を探る

「日本の営業組織には、欧米に比べて大きな遅れがある」と指摘するのは、『SalesTech大全〜攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー〜』の著者で、国内外のセールステック事情に精通する株式会社マツリカの中谷真史氏。日本の営業は属人的で経験に頼るアプローチがいまだに多く残り、あらゆる営業組織・営業パーソンは今まさに、テクノロジーに適応するのか、淘汰されるのかが問われています。

今回、日本のBtoB営業の現状と営業組織が「変革」するために求められることをうかがいました。

  • 株式会社マツリカ 新規事業責任者 中谷 真史(なかたに まさふみ)

    株式会社マツリカ 新規事業責任者

    中谷 真史(なかたに・まさふみ)

    慶應義塾大学経済学部卒。新卒にてグローバル大手外資製薬企業に入社。主力製品にて国内売上額日本一を経験。その後、コンサルティングファーム2社にて営業戦略/営業改革/セールスイネーブル メント系プロジェクトを中心に経験。2018年にマツリカへ参画し、以後カスタマーサクセスマネジメント部門統括、セールスマネージャー、マーケティング&セールス統括、事業戦略・開発室立ち上げを経験。日本初のデジタルセールスルーム「DealPods」を構想し、社内起業。事業責任者・プロダクト責任者を務める。米カリフォルニア州在住。

目次

日本の営業組織は、なぜ世界から遅れているのか?

ーー日本のBtoB営業組織における課題について、どのようにお考えでしょうか?
日本の営業組織には、欧米に比べて大きな遅れがあります。

日本におけるDXが、世界的に見て大幅に遅れていることはいうまでもありません。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)発行の『DX白書2023』によると、日米企業のDXに関する取り組み成果を比較した場合、「成果が出ている」と答えたのは、アメリカ の89%に対して日本は58%です(参考:下画像)。

出所:日米企業におけるDXの最新動向を解説する「DX白書2023」を公開(IPA)|BeMARKE(ビーマーケ)

出所:日米企業におけるDXの最新動向を解説する「DX白書2023」を公開(IPA)

またGartnerの報告*1によれば、日本におけるクラウド利用状況は2022年時点でアメリカより7年以上も遅れているとされ、「抵抗国」とまで呼ばれています。
さらに、日本の営業組織における生産性の低さも問題視されています。2021年にマッキンゼー&カンパニーが発表したレポート「日本の営業生産性はなぜ低いのか」*2によれば、日本企業の営業生産性は、全業種でグローバル水準を大きく下回っていることが明らかにされています。

*1 「Cloud Adoption: Where Does Your Country Rank?」(Smarter with Gartner)
*2 「日本の営業生産性はなぜ低いのか」(マッキンゼー&カンパニー)

営業における科学的アプローチの不足がもたらす課題

――具体的にどのような点で、日本の営業が遅れているとお考えですか?
まず、営業に関する「科学的な研究」がほとんど行われていない点です。アメリカでは、大学やシンクタンクが営業に関する研究を進め、その知見を営業プロセスに取り入れています。

一方、日本ではそうした研究機関が少なく、データやエビデンスに基づいた専門的な情報が不足しているため、営業の改善や進化は営業担当者個々の「勘」や「経験」に頼りがちです。このため、営業の変革に対して非常に抵抗が強い。さらに、年功序列や終身雇用、解雇規制などの固定的な雇用制度も、組織の新陳代謝が起きにくい環境をつくりやすいです。

新陳代謝が起きにくい組織では、業績が悪化しても危機感が薄れ、変革の必要性を感じづらい。新しい戦略や施策、テクノロジーを積極的に試す文化が育ちにくいのです。これが、テクノロジーを活用したDX推進や生産性向上の取り組みにおいて最大の課題となり、日本の営業組織の競争力を低下させる要因にもなっています。「うちは特殊だから」と言って、デジタル化やテクノロジーの活用を諦めているケースも少なくないでしょう。

10年遅れのセールスイネーブルメント|BeMARKE(ビーマーケ)
日本は、間違ったセールスイネーブルメントの取り組みを行う企業が多く、その結果、アメリカで行われている最先端の施策からは10〜15年遅れという

出所:SalesTech大全〜攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー〜』P29より

セールステックとは何か?

――「セールステック」という言葉が最近注目されていますが、その定義について教えてください。
セールステックとはセールス(Sales)とテクノロジー(Technology)をかけ合わせた造語で、営業生産性を向上させるためのテクノロジーやツール、ソフトウェアを指します。顧客関係管理(CRM)や名刺管理、営業パイプラインの可視化、営業プロセスの自動化など、さまざまな種類のツールが存在し、これらを組み合わせることで、営業組織は効率的に業務を遂行しながら顧客との関係性を強化し、営業活動の成果を最大化することができます。

セールステックの一番の強みは、営業活動に関する膨大なデータを収集し、それを分析することで、営業チームが何を改善すべきか、どうすればより効果的に顧客にアプローチできるかを明らかにする点にあります。

そのためには、「型」と「データ」が必要不可欠です。特に型を持っていない営業組織や営業パーソンは、時計なしで生活している人と同じだともいえるでしょう。

例えば待ち合わせをしていたとしても、そもそも時間が分からなければ、遅刻しているのか早く着きすぎているのかが分かりません。営業も型がないことには正解が分かりませんから、組織あるいは自身の営業活動を何も振り返れません。裏を返せば、型をつくるからこそ修正すべき点が見えてきます。

型化の4ステップ|BeMARKE(ビーマーケ)
本来、営業組織の進化は上記のような段階に分けられる。型化はゴールではなく、進化の過程であると認識する必要があるという

出所:SalesTech大全〜攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー〜』P57より

そして振り返りを行う際には、経験や勘で考えるのではなく、客観的な事実に基づくことが重要です。つまり質の高いデータを十分な量、集めることが必須となります。

これらによって確実にPDCAサイクルが回り、「狙って」実績を出せるようになります。

営業担当者やマネジャーの中には現状、セールステックについて誤った認識をしている方が少なくありません。セールステックは、単に「営業を楽にするためのツール」ではありませんし、「導入すればすぐに売上が上がる」魔法のような存在でもありません。

たしかにセールステックには業務を効率化してくれる要素もありますが、それだけではなくデータの蓄積と活用によって、効果的な営業活動を行うための気づき(示唆)を私たちに与えてくれるということが大きな価値です。自分たちの営業組織が抱える課題起点でセールステックの導入目的を適切に設定し、業務オペレーションの変更を含めた組織的なコミットメントによって、初めてその効果を発揮します。

――セールステックを導入する上での問題点について教えてください。
先ほど申し上げたような誤った理解のままセールステックの導入を推進してしまったことによって、「それをどう使えば売上が上がるのか」というもっとも重要なことが置き去りになり、せっかくの取り組みが効果の薄いものになってしまったという例は枚挙に暇がありません。

さらには、価格や機能の多さだけを重視した結果「実際の運用に耐えられるユーザビリティなのか」という運用面が考慮されていないケースや、IT部門のみで検討を進めた結果、現場のニーズをとらえられていなかったり、目的やメリットが分からないまま使わされて現場が疲弊してしまったりするケースもあります。

また日本企業が特に気をつけるべき点としては、「ツールに業務を合わせられない」というケースが挙げられるでしょう。昨今ではSaaSのツールに代表されるように、広く多くの会社で標準的に使われるようなベストプラクティスの集合体をプロダクトの中に表現し、ツールとして提供されることが世界的にも一般的となっています。

他方、日本ではデジタル人材がシステム開発会社やITツールを提供するベンダーなどのIT企業に属している割合が多いため、従来はフルスクラッチ(ゼロから新規開発すること)のITツールが一般的で、システムやツールを利用する側は自分たちのつくりたいもの、使いたいものの要望に合わせてITツールができ上がるのが当たり前という意識がありました。

このような文化がある日本企業においては、「自分たちの業務に対してツールを合わせる」と考えてしまいがちです。本来はベストプラクティスに合わせて自分たちの業務を変革するために使っていくはずのツールも、「うちの社内オペレーションに合わないから」という理由でさけてしまい活用が進まないケースが多くあります。

デジタルセールスルームの台頭と今後の展望

セールステック市場の展望|BeMARKE(ビーマーケ)
細分化されたセールステック領域や組織体制(The Model型→Pods型など)を含め、大きな統合の流れができ始めており、「統合」、その先にあるテクノロジーやデータを活用した「コラボレーション」が、今後のセールステック市場の一大キーワードになるという

出所:SalesTech大全〜攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー〜』P93より

――セールステックの具体的なツールや技術について、現在注目されているものはありますか?
「デジタルセールスルーム」と「カンバセーションインテリジェンス」が特に注目されています。デジタルセールスルームは、営業担当者と顧客が非同期でコミュニケーションを取れる場を提供し、商談の進行をスムーズにします。日本では顧客の意思決定が遅く複雑なため、こうしたツールは非常に効果的です。

世界的に見てもまだ新しい領域ですので、決して日本での導入が遅れているツールではありません。数年後には間違いなく、世界のBtoBビジネスの営業シーンで主流になってくると思います。

カンバセーションインテリジェンスは、営業担当者と顧客との対話をAIが分析し、コミュニケーションの質を向上させる技術です。どの情報に顧客が関心を持っているのか、どのタイミングでアプローチすべきかをデータ化することで、効果的な営業活動が可能になります。

――中谷さんが構想して生まれた「DealPods」についても教えてください。
「DealPods」は、当社が提供するデジタルセールスルームで、商談の進行を可視化し、顧客の行動をリアルタイムで把握できるツールです。営業担当者は、顧客の関心やニーズに応じて最適なタイミングで提案ができ、商談がよりスムーズに進むようになります。

実際に「DealPods」を導入した企業では、商談の質が向上し、顧客との関係が深まったというフィードバックを多くいただいています。顧客が必要な情報を効率良く取得できるため、営業と顧客の間で生じる摩擦が軽減し、結果として商談がスムーズに進むというメリットがあります。
参考:「DealPods」https://deal-pods.com/

営業DX推進の鍵は『学び』にあり

――営業DXを推進する上で、どのようなポイントが重要だとお考えですか?
営業DXを適切に推進していくためには、正しく学習することが不可欠です。

どの国においても、新たに登場した概念への誤解や誤用は生じてしまうものですが、先に述べたように特に日本では「営業」に関して深く研究・啓蒙する役割を担う学術的な人材や機関が不足することなどによって、間違っていることがなかなか正されないという現状があります。これらが解決されなければ、ビジネスも正しい方向には進化できません。

また、変革意欲を営業組織全体で高めることも重要です。かたくなに変革を拒むスタンスでいると、今後、ますます先進していく世の中から遅れを取り、気づいたときにはもう手遅れで時流に追いつけなくなってしまう可能性も大いにあるでしょう。

まさに今、あらゆる営業組織・営業パーソンは、「テクノロジーに適応するのか、淘汰されるのか」が問われているのです。

――営業組織が今後目指すべき方向性について教えてください。
テクノロジーに適応できないと淘汰される。これは現代の営業組織・営業パーソンにとって避けることのできない現実です。セールステックの活用による営業生産性向上は、今や待ったなしの状況だといえます。新時代の営業組織・営業パーソンとして生き残り、勝ち上がりたければ、テクノロジーとともに歩むことが不可欠でしょう。

また、日本特有の「おもてなし」の精神を生かしつつ、テクノロジーと組み合わせることで、効率的でありながらもきめ細かな対応が可能になります。これにより、顧客との関係をより強固にし、差別化を図ることができるでしょう。

「セールステック導入済群」のほうが、そうでない群に比べ売上が成長している会社が多い|BeMARKE(ビーマーケ)
セールステックの導入と業績の関係性を調べると、「セールステック導入済企業群」の方が、そうでない企業群と比べて売上が成長している会社が多い

出所:SalesTech大全〜攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー〜』P51より

日本の営業は欧米と比較して遅れてはいますが、悲観しすぎることはないと考えます。日本の営業と購買におけるプロセスは、合議制の意思決定プロセスや購買に関与するステークホルダーの多さなどから、世界的に見ても特異性が高いです。日本のBtoBでモノを売る行為というのは、かなり難しいプロセスを経ているのです。

特異な課題を抱えているからこそ、それらへの対応を行うことでより高度な営業活動を実現する、ひいては世界をリードするというポジティブな可能性を秘めているともいえるでしょう。

実際に近年、世界的に「購買活動の複雑性」や「営業の難易度上昇」が着目されていることから、日本における商習慣の特異性に対応することが、強みに変わる可能性は大いにあります。

日本の良さである「おもてなし」の精神とデジタルを使いこなせれば良い未来も見えてくるはずです。そのためにも、まずは学ぶことから始めてみてほしいです。

――ありがとうございました。

書籍紹介:『SalesTech - 攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー』(プレジデント社)著者:中谷真史

『SalesTech - 攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー』(プレジデント社)著者:中谷真史|BeMARKE(ビーマーケ)

同書は、セールステックの利活用に悩みを抱える営業担当者やマネジャーに向けて、セールステックの全体像を体系的に解説した一冊です。

『SalesTech大全』目次

  • 第1章:営業を取り巻く環境変化
  • 第2章:セールストレンドを読み解く
  • 第3章:セールステックの真髄を知る
  • 第4章:セールステックの種類とトレンド
  • 第5章:営業組織における職種と体制の変化
  • 第6章:失敗しない営業DXの進め方
  • 第7章:これから日本の営業がより良くなっていくために
  • 第8章:新たな希望の光「デジタルセールスルーム」

書籍情報

出版社:プレジデント社
発売日:2024年9月30日
単行本(ソフトカバー):144ページ
ISBN-10:4833452472
ISBN-13:978-4833452472

マツリカ社の書籍紹介ページより)


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この記事を書いた人

小斎恭平
小斎恭平 | BeMARKE編集部

BeMARKE編集部スタッフ。業界紙記者、教育系フリーペーパーのライターを経験。2015年にローンチした人事担当者向けメディア「@人事」とフリーマガジン「@人事」の定期刊行に編集・ライターとして携わり、現職。2022年からBeMARKEの取材系コンテンツ制作にも関わる。

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