インタビュー
BtoB企業のマーケティング担当者に、これまでのキャリアや仕事のやりがいについてインタビューする連載企画「マーケのキャリア」。今回は、ネスレ日本やWeWork(ウィーワーク)、リチカでマーケティング職を経験された後、戦略マーケティングファームを起業されたsuswork株式会社 代表取締役社長 田岡凌さんにお話を伺いました。
BtoB/BtoC、マスマーケティング/デジタルマーケティング、事業会社/支援会社と幅広い領域でのマーケティング経験がある田岡さんのこれまでのキャリアを紐解きながらその仕事観に迫ります。
suswork株式会社 代表取締役社長
京都大学卒業後、2014年4月ネスレ日本株式会社に入社し、ネスカフェやミロのブランドを担当。2018年8月WeWork社に入社し、ブランドマーケティング責任者として、2年で業界認知No.1を獲得し急成長に貢献。2021年1月リチカに入社。マーケティングSaaS のCMOとして、広報&マーケティングを管掌。大企業のデジタルマーケティング・デジタル広告を支援。現在は、スタートアップから大企業まで数十社に対して、マス/デジタル、BtoB/BtoC、横断的にマーケティング戦略支援を行う。スタートアップ複数社にて顧問を務める。
ーー田岡さんは、学生時代からマーケターを志していたのですか。
そうですね。大学時代に経済学を専攻し学ぶなかでマーケティングに興味を持ったのがきっかけです。マーケティング自体がビジネスの根幹を成すものであり、かつ消費者のニーズを汲み取りながら言葉やビジュアルを駆使したプロモーションによって行動を促すという点に面白さを感じ、マーケティング職を志すようになりました。
就職活動では特にグローバル企業のマーケティング職に絞り、大学卒業後にネスレ日本に入社しました。
当時のネスレ日本はイノベーション創出の流れが大きく、採用活動においてもさまざまな新しい取り組みをされていました。そういった背景から、私がマーケティング職での新卒採用第1号となりました。
ーーネスレ日本ではどのような業務を担当されていたのですか。
ビジネスグループに在籍し、マーケターとしてネスカフェドルチェグストやミロというグローバルブランドを担当していました。お客さまとのコミュニケーション戦略立案・実行はもちろん、商品開発からブランディング、サプライチェーンやファイナンスについて専門チームを巻き込みながら事業成長につなげるというビジネス全般に携わらせてもらいました。
社内では、当時は珍しかった自社ECビジネスやアンバサダーマーケティングのはしりであるネスカフェ アンバサダーが立ち上がったりと勢いのあるなかで、1年目からスピード感を持って責任ある仕事を任せられたことは貴重な経験だったと思います。
ーーマーケティングを担当するなかでグローバル企業であるゆえの苦労はありましたか。
プロダクト自体はグローバルマーケットを起点に考えられているため、お客さまの根源的なニーズを満たしてはいるものの、日本のマーケットに向けてはその嗜好性に合わせ調整する必要があります。
食や飲料に関する嗜好性は各国の文化や生活習慣に根ざすものであることから、一般的な外資FMCG企業に比べて、商品開発や販売戦略に関して各国の裁量権は大きいのではないかと思います。そういう意味でも日本のお客さま向けの商品開発は良いチャンスであり楽しく取り組めたと思います。
ーーお客さまの嗜好性やニーズをどのように調査されましたか。
定量調査、グループインタビューに加え、コミュニティでのテストマーケティングなどを通じてお客さまのニーズを検証していました。個人的には、お客さまへの「お宅訪問」ではたくさんの気づきを得られたと感じています。
ネスカフェの会員さまのお宅に伺い、どのように生活されているのかや、商品購入の理由と使い方などをインタビューしていました。実際にお客さまのお宅に伺い生の声を聞くことはオフィスで想像するのに比べ、圧倒的なファクトが見えてきます。これはマーケティング戦略を考える上でとても大きな材料になりました。
この経験は現在の仕事にも生きていると思います。
私たちが提供するマーケティング戦略支援のなかでは「顧客定義」を最も重視しています。なぜなら顧客解像度を上げるためにも、そもそも「顧客とは誰なのか」を定義する必要があるためです。顧客定義にあたっては、その顧客の単なる属性情報だけではなく具体的かつリアルな情報をもとに言語化していくことが重要だと思っています。お客さま像に迷ったらお客さまに会いに行くということを今も大切にしています。
ーーグローバルブランド担当者としてあえて大変だったことを挙げるとしたら何でしょうか。
多様なチームを巻き込みながらお客さまへ価値を届け成果を出すことの難しさと重要性を学びました。
ネスレのブランドはビジネス展開の幅の広さが特長です。ネスカフェ ドルチェグストひとつをとってもBtoBもあればBtoCもあり、小売と卸、また今で言うサブスクリプション=定期お届け便など、各種販売手法や商流にあわせ多種多様なステークホルダーが関わってきます。そこで、ビジネスにおいて全体最適が大事であるということとリーダーシップの重要性を実感しました。
ステークホルダーそれぞれの課題や要望を聞き取りながらもすべてを聞いているとプロジェクトを動かせなくなってしまいます。そこで、このプロジェクトではどの顧客のどのような課題をどうやって解決するのか、そのために何をすべきかという指針を示しながらマーケターが全員とコミュニケーションを取る必要がありました。
私にとっても、ステークホルダーを巻き込み多数のプロジェクトを推進するというのは大きなチャレンジだったと思います。
ーー次に、シェアオフィスを運営するWeWorkへの転職の理由と背景を教えてください。
当時、WIREDという雑誌を好んでよく読んでいて、そこでWeWorkが紹介されていて興味を持ったのが最初のきっかけです。
私は大学時代からネスレ日本勤務時代まで関西に住んでおり、その後東京に引っ越した際、通勤ラッシュ時の乗客の疲れきった表情に衝撃を受けました。それまで通勤ラッシュと無縁の環境だったというのもありますが、これは日本人の働き方の問題にもつながるのではないかと感じました。
そんな時WeWorkの記事に触れ、ここなら楽しく働くことができそう、働き方を変えることができるのではないかと考えました。
WeWorkのWebサイトから連絡したところすぐに返事をいただき、話がトントン拍子で進んで、当日のコミュニティイベントに参加することになりました。そこで出会った人たちの表情はとても生き生きしていて、この文化や働き方をもっと日本に広めたいと思いました。その思いは在籍中ずっと変わらず持っていましたね。
ーーブランドマーケティング責任者としての具体的な業務内容、ミッションを教えてください。
ミッションは、WeWorkの認知度と好意度を上げることですね。当時は都内に3拠点ほど(現在は約40拠点)でしたので拠点を増やすためにも認知を広げる必要がありました。具体的にはブランドや各ロケーションごとのコアターゲット、バリュープロポジションなどの定義・策定から、各拠点でのリード・商談・パイプラインをどう増やしていくかを、デジタルチームや営業チームとともに戦略策定・実行していました。具体的なインバウンド集客についてはデジタルマーケティング部と連携しながらデジタル広告、キャンペーン、イベント、コンテンツマーケティングなどをリードしていました。
ーーターゲットをどのようにとらえ戦略を立てていたのですか。
WeWorkは、特に日本において単なる小規模なコワーキングスペースではなく、「フレキシブルオフィス」というカテゴリを提唱していました。数百名規模の急成長スタートアップが、社員数が増えてもオフィス移転の手間なくなめらかにオフィスサイズを変更でき費用対効果が高い、という点を事例を交えながらターゲット企業に説明していきました。数百名規模の企業に対してこうした柔軟性ある提案ができるのは、日本ではWeWorkだけだったのではと考えています。
グローバルとの比較でいうと日本は意思決定に対して保守的な面があります。また前例主義的な傾向も見られますね。
そのため、しっかりと事例やシミュレーションを用意し不安を払拭することを意識していました。例えばセキュリティの問題や、シェアオフィスでも会社は社員に対する求心力を保てるのかという懸念点を顧客の事例を通じて解消することを重視していました。
またBtoB/BtoC共通のブランド施策として私が何よりも重要視していたのは「体験者の数」でした。オフィス入居の意思決定にあたり実際に見て現場を体験することは欠かせません。
そのためオフィスツアーはもちろん、入居企業さまや他社などと連携したイベントでも外部のゲストを呼びWeWorkを体験いただくということを実施していました。グローバルで日本のイベント開催はかなり多かったと思います。
WeWorkは、どれだけ同様のサービスが出てきても左右されない大規模フレキシブルオフィスとコミュニティという明確な独自の価値があり、それは体験することで肌感覚として理解いただけます。だからこそ体験してもらえば結果につながると考えました。
さまざまな施策の結果、2年で業界認知No.1を獲得し急成長に貢献できました。
ーーその後マーケティングSaaSのリチカ CMOに就任されました。どのような考えのもとご転職されたんでしょうか。
自分が直接的に日本に貢献できることは何かと考えたときに、これまで学んだマーケティングのノウハウをもっと世の中に伝えたら役立つのではと思いました。マーケティングのノウハウは汎用性が高く本来多くの人の役に立つものであるにも関わらず意外と世に出ていません。これを広げていくにはという観点でクリエイティブが強みだったマーケティングサービスとしてのリチカに興味を持ちCMOとして携わらせていただきました。
広報とマーケティングチームを管掌し、企業のデジタル領域におけるマーケティング・広告を支援していました。
ーーこれまでの経験が生きたと感じられたのはどういった点ですか。
リチカは大手企業のマーケティング部署にむけたビジネスです。そこでBtoBマーケティングを実行し深めていくのに、今までBtoCマーケティングで培ってきた原則が生きたと感じます。
私がこれまで経験してきたBtoCマーケティングでは、顧客を中心にとらえ「どの顧客のどんな課題に対し何を提供するのか」「Who/What」から徹底的に考えることを重視していました。この考え方をリチカでも取り入れ生かすことで顧客理解を深めるのに役立ったと感じています。逆にBtoBでは営業の受注/失注理由や商談の現場から、「Who/What」の仮説をブラッシュアップするための気づきを得やすいとも考えています。
このようなBtoCの知見やノウハウをBtoBに持ち込み生かすという流れは今後も増えるのではないでしょうか。私もまさに今そうした取り組みを行っています。
また逆にBtoBからBtoCが学べることも多いでしょう。例えば営業企画というのはまさにBtoBですが、このノウハウをBtoCに生かすという話しはほとんど出てきていません。しかしビジネス全体を考えた時にこの観点はとても重要だと思います。
noteにマーケターとして「領域をまたぐ」ことの重要性を書きましたが、BtoB/BtoCそれぞれ考え方や用語も違うけれど領域をまたぐことではじめて見えてくることがあると感じています。
マス/デジタルも同様で、私はリチカで初めてデジタルマーケティングを手を動かしながら実践しデジタルマーケティングの知見を深めることで、マスマーケティング戦略や検証手法についての理解が深まりました。ここでも「Who/What」が大事であるという考えが役立ち、やはり領域をまたいでそれぞれの環境で学んだことを生かすことの重要性を認識しました。
ーーこれまでを振り返ってご自身のキャリアの軸はどこにあると考えますか。
ひとつ挙げるとしたら「世の中にインパクトを与えたい」ということです。これは就活生の頃から言っていて今でもその思いは1ミリも変わっていないですね。
ネスレであれば、日本で1年に飲まれるコーヒーのうち数十億杯を提供している、WeWorkでは日本の働き方に対して問題提起ができる、リチカではあらゆる業界で活用できるマーケティング戦略のノウハウをプロダクトを通じて広げることができる、など。いかにインパクトを残せるか、という点が一気通貫しているのかなと思います。
ーー学生時代から起業を意識されていたのですか。
はい。学生時代は起業ってかっこいいという漠然としたイメージでした。キャリアを積むにつれ自分だからこそできること・やるべきことは何かを考えた時に、自分でチームを作ってグロースしたいという思いが強くなりましたね。
ーーこれまでのマーケターとしてのキャリアと経営者、どのように変わりましたか。
大きく変わりましたね。ひとつはやはりオーナーシップに対する意識が変わりました。オーナーとして顧客を理解し事業を行いそのすべての責任を負う、という当たり前のようですがこのオーナーシップの重要性について日々学びがあります。
マーケティングの観点でいうと、「顧客」が大事ということを改めて感じています。よく「マーケティングとは?」という議論をするのですが、そのなかで今最もしっくりきているのはドラッカーが言う「顧客の創造」です。顧客の定義、顧客とは誰なのかを言語化することを経営を通して学び実践しています。
ーー今後、取り組みたいことを教えてください。
まだあまり公言していないのですが「ビジネス教育」に取り組みたいと考えています。小中高の学校教育というよりは、もっと広い意味で人がサステナブルに働き続けるためのマインドセット・スキルセットを変えることをしていきたいです。
これから日本では生産年齢人口が減っていき、生産性の面で各国に遅れをとるといわれるなか、AIやツールを活用しながら生産性を上げるにはやはり人の意識や行動原理を変革していくことが重要だと思っています。現在、学生や社会人向けにそういう機会があるかというとないので、これまでのキャリアで学んだことを還元したいと考えています。
ーーありがとうございました!
suswork株式会社
事業内容:マーケティング戦略支援
事業所所在地:神戸市中央区浪花町56KiP内
設立年:2022年
代表取締役社長:田岡 凌
HP:https://suswork.jp/
BeMARKE編集長。これまで15年以上Webメディア運営・コンテンツ制作に携わる。前職では美容系Webメディア編集長としてサイト規模を2年で28倍の2,800万PVに成長させる。2022年より現職。BeMARKEのコンテンツ編集・制作方針や計画の策定、取材・執筆などを担当。
X(旧Twitter):@maisuzuki_bmk