インタビュー
BtoB企業のマーケティング担当者に、これまでのキャリアや仕事のやりがいについてインタビューする連載企画「マーケのキャリア」。今回は、アドビ株式会社のAdobe ExpressグロースチームにSEOスペシャリストとして所属する、加納宏徳さんにお話を伺いました。
加納さんのマーケターとしてのキャリアは、日本の伝統工芸品を海外に向けて販売する越境ECでスタートしました。その後、不動産スタートアップ、海外Webマーケティング代理店で経験を積み、アドビ株式会社にSEOスペシャリストとして入社。現在は、Adobe Expressのグロースチームに所属し、PLG(プロダクトレッドグロース)の考えに基づいたコンテンツマーケティングを実践している加納さんのキャリアを紐解きます。
アドビ株式会社 Adobe Expressグロースチーム SEOスペシャリスト
アドビ株式会社にて、SEOスペシャリストとしてAdobe Expressのグロースチームに所属。学校からドロップアウトして10年間独学で英語やWEBを学び、その後越境EC立ち上げ、不動産スタートアップ、海外Webマーケティング代理店を経てアドビへ(現職)。趣味は世界中から応募がある大会でグランプリを受賞した折り紙。HP:https://hirokano.com/
加納さんのキャリアアップのポイント
ーーアドビ株式会社に入社したきっかけを教えてください。
海外から国内に向けたマーケティングをやってみたいと思っていたときに、スカウトされたのがきっかけです。
それまでは、日本の会社で国内から海外に向けたマーケティングに従事していました。簡単に言うと、日本のさまざまな商材を海外市場に向けてアピールし、購買につなげるのが仕事でした。
ただ、だんだん海外の会社が日本国内に向けて商材を広めるのをサポートするのも面白そうだと感じ始めて。まさにそのタイミングで声をかけてもらったのがアドビでした。SEOやコンテンツマーケの知識を持ち、日本語と英語の両方を話すことができるマーケターということで、選んでもらったのだと思います。
もともと僕自身、アドビ製品を10年以上愛用するヘビーユーザー。Adobe Illustrator で自社のロゴを作ったり、Adobe Photoshop で撮影した写真を加工したり、Adobe Premiere Proで動画を編集したりと、仕事でもプライベートでもアドビ製品をフルに活用していたので、誘ってもらったときはテンションが上がり、「はい、ぜひ」と二つ返事でお受けしていました(笑)。
ーーアドビ株式会社では、どんなことに取り組まれているのですか。
それまでのキャリアで積み重ねてきたSEOの知識を生かし、“Adobe Express”というプロダクトのグロースに取り組んでいます。
“Adobe Express”は、アドビにとって1つの挑戦ともいえるプロダクトです。アドビ製品の多くは、プロフェッショナル層やエンタープライズ層をターゲットとしているため、多様な機能を搭載している分、有償で提供されているのですが、“Adobe Express”は無料から使っていただくことができます。
無料アプリやデジタルツールが増える中、 “Creativity for All:すべての人に『つくる力』を”をミッションとして掲げるアドビとしてもより多くの人にデザインの門戸を開くプロダクトを作ろうと考え、生まれたのが“Adobe Express”です。想定しているユーザーはノンプロユーザーを含む、あらゆるスキルレベルの層。デザインを専門的に学んだことがない人でも、プロが作ったテンプレートやレイアウトなどを活用しながら簡単にデザインできるように設計されています。
従来のアドビ製品とは、お客さんも提供方法も機能も異なるプロダクトですし、ユニークな点や魅力を日本人の目線で伝えていかなければなりません。ユーザーに届けるためにどんなメッセージが必要なのか、さまざまな施策を練っています。
ーー現在はコンテンツマーケティングを軸に、SEOスペシャリストとして活躍されていますが、キャリアのスタートは翻訳業務だったと伺いました。
そうですね。最初の会社には、海外向けに伝統工芸品を販売する越境ECサイトの翻訳兼カスタマーサポートとして、派遣という形で入社しました。最終的には約3,000点ほどの商品の説明を、日本語から英語にひたすら翻訳する日々でした(笑)。やがて働きが認められて正社員になり、ECサイト運営の根幹にも携わるようになりました。
ところが、肝心のECサイトで全く商品が売れなくて。それもそのはず、売るための工夫を一切していなかったのです。別事業部のECサイトは、特にプロモーションをしなくても順調に売上を伸ばしていたため、「とりあえずECサイトをオープンさえすれば売れるだろう」と安易に考えていました。
ただ、別のECサイトで扱っていたのは人気の高いホビー商品ばかり。特に広告せずとも顧客が欲しがるものを扱っているので、当然売上は伸びます。一方伝統工芸品はそこまでの人気はなく、一見しただけでは価値がわからないものがほとんど。海外の顧客であればなおさらです。
これは大変まずいということで、売れる仕組みを構築すべく、代理店にサポートしてもらうことになりました。その代理店と仕事をする中で、「商品を売るためにはマーケティングが必要だ」ということを初めて知ったのです(笑)。今思えばそれが、僕のマーケティングとの出会いですね。
ーーマーケティングではどのようなことに取り組んだのですか。
顧客の視点に立って、ECサイト全体を見直しました。伝統工芸品は値が張るものが多いからこそ、高価な理由を顧客にわかってもらえなければ売れません。それを伝えるために、あらゆる手を尽くしました。
特に力を入れていたのが、コンテンツマーケティングです。予算が限られていたので、広告費を投下する余裕はまったくありませんでした。そこで、SEOの観点を取り入れ、お客さんが関心をもつキーワードを軸に、より多くの人に読んでもらえるように商品説明の翻訳を工夫したり、SNSで人気のコンテンツに寄せた動画を作成したりして、コンテンツを充実させることで顧客の心を掴もうと奮闘しました。
例えば、ある伝統工芸品の魅力を伝えるとなれば、まず最初に図書館に行きます。専門的な書籍で、その品の種類や歴史、特徴などを調べ尽くすのです。次に、その伝統工芸品を作っている現場に足を運び、職人さんに取材。その後、撮影した動画を編集してSNSにアップし、ECサイトに埋め込むというのが一連の流れで、これを全て自分でやっていましたね。
意識したのは、海外マーケティングならではの翻訳の重要性です。日本語の文章をそのまま直訳して英語に置き換えるだけでは、翻訳の意味はありません。日本の顧客と海外の顧客では、コンテクストが異なるからです。例えば、日本人は「有田焼」と聞くと、なんとなく高価・高品質な焼き物のイメージを抱きますが、海外の方は「有田焼」自体を知らない。そこから説明しなければ、魅力は伝わらないのです。
だからこそ、職人さんへの取材では、海外の顧客が疑問に思いそうなポイントを訊き漏らさないように注意していました。「なぜこの伝統工芸品を作るのは難しいのか」「1つを作るのにどれくらいの時間がかかるのか」など、単純すぎる質問もためらわずにしていましたね。翻訳者である僕自身が理解していなければ、海外の顧客に説明することは到底できませんから。
今振り返れば、図書館に行って専門的な知識を深めたり、職人さんの話を聴いたりするのは、本当に楽しかったですね。
ーーこれらの活動は、結果につながったのですか。
はい。ほぼコンテンツマーケティングとSEOだけで、事業を安定して黒字化することができました。高価なものだと、日本刀や甲冑も売れたんですよ。
「このECサイトには本物の情報が載っている」と、海外の顧客に思ってもらえたのだと考えています。伝統工芸品をわざわざ日本から取り寄せて買おうとする方は、真の日本ファンだからこそ、本物の情報を求めています。僕は、図書館の分厚い本を元にして説明文を書いたり、職人に会いに行ってコンテンツを作成したりしていたので、「このECサイトにしかない本物の情報」をたくさん掲載することができた。それが、海外の顧客にも響いたのだと思います。
ーーその後、海外Webマーケティングの代理店に転職されたきっかけを教えてください。
専門性を持ったプロになりたいと思ったのです。ECサイトの運営をしているときは、ジェネラリストとして働かざるを得ませんでした。SEOとコンテンツマーケティングがメインとはいえ、商品の仕入や発送、梱包、カスタマーサポートも手がけていたので、「僕は何屋さんなのだろう」という問いが頭をもたげてきて。
ジェネラリストを極める道もあったかもしれませんが、僕は何か1つの領域を極めたいと思っていました。そこで、海外マーケティングのスキルを磨くべく、代理店に転職したのです。
ーー実際に転職されてみていかがでしたか。
さまざまパターンのマーケ施策を経験できて、面白かったです。それまでは、ECサイト運営に関わる全てをやる形でしたが、代理店ではSEOやコンテンツ作りを軸に、いろいろな顧客にサポートを提供していく仕事。業種や商材ごとに求められる戦略が異なりますし、何百万ページ規模のサイトを改修するのと、ゼロから小規模のサイトを立ち上げるのでも施策は変わります。
一言に海外WEBマーケティングといっても、本当に幅が広くて。成果が出せたこともあれば、悔しい思いをしたこともありましたが、その試行錯誤を経てパターンを掴んでいく過程自体が楽しかったです。
ーー未知のものに対する好奇心や安定した語学力が、海外マーケターとしてのキャリアの土台にあると感じましたが、どういった経験で育まれたものなのでしょうか。
約10年間学校に行かず、独学を極めていたことが影響しているのだと思います。僕が最後に学校に通ったのは小学校。それ以降は、勉強は学校に行かなくてもできるという信念のもと、図書館で本を読んで知識を得、高卒認定を取得しました。外国語も独学で習得し、特に英語はTOEICで満点近い成績を取り、ネイティブレベルで話せるようになったのです。
本などを読んで新しい情報を吸収し、それを活かして物事に挑戦することが好きだったので、むしろ自分に合った学びのスタイルだったのかもしれません。自らの意志で学びを重ねた経験が、結果的にマーケターとしての素地として活きているように感じますね。
ーー現在は、海外マーケターのキャリアに区切りをつけ、アドビで国内マーケティングに取り組んでいるとのことですが、それまでのキャリアとの違いを感じることはありますか。
いえ、仕事の本質は変わっていませんね。マーケティングの方向性が、「国内→海外」から「海外→国内」に変わっただけです。
ただ、再び1つのプロジェクトにじっくりと取り組むマーケティングができるようになったのは、変化かもしれません。
僕がコンテンツマーケティングで一番好きなのは、過去に制作したコンテンツが消えずに残り、新たな顧客獲得につながり続けること。いわば複利効果をもたらせる点です。1つのプロジェクトに長く携われば携わるほど、過去の施策の積み重ねが実を結んでいくのを実感し、嬉しくなります。
一方、代理店はどうしても第三者の立場なので、コミットする範囲や契約期間の制約がありました。1つのプロジェクトに濃く長く関わり、着実に効果を出していきたいと考えていた僕にとっては、アドビへの転職はとてもありがたいチャンスでしたね。
ーーアドビの”Adobe Express”のグロースにどのように関わっているのか、具体的に教えてください。
一言でいえば、”Adobe Express”を、日本人が受け入れやすいようにローカライズしています。アドビは、各地域のローカルに合わせたプロダクト作りやマーケティングに力を入れています。
最も重要なのが、翻訳のローカライズですね。製品ページの翻訳が直訳に近いと、顧客にとってはわかりづらいのです。
プロフェッショナル向けのツールであれば、業務上の必要性が優先され、多少翻訳が理解しにくくても、使ってくれる顧客が多いでしょう。でも、”Adobe Express”はノンプロユーザー層もメインターゲットとしている製品です。
「デザイン」が本業ではない個人商店のオーナーや、ライター・編集者が、サクッとデザインできるのが魅力。それなのに、製品ページで「あなたのイマジネーションを〇〇しましょう」と書かれていたら、ユーザーは「ん?」と引っ掛かってしまいますよね。全く気軽に使える雰囲気が伝わってこないので、「求めているものとは違うな」と判断してページから離脱してしまうわけです。
そこで、漢字の「想像力」を使ったり、「デザインを簡単に作れます」というような噛み砕いた表現にしてみたり、細かい工夫をしていきます。その文章がキャッチコピーなのか、あるいは長い説明の一部なのかによっても、翻訳の質を変えなければいけません。実際、翻訳を見直すことによって、ページの離脱率が下がったり、アプリダウンロードへの遷移率が上がったりするので、それを元にPDCAを回しています。
ただ、翻訳しなければならない文章は膨大なため、いかに効率よく、わかりやすく翻訳していくかがポイントとなります。そのための翻訳ガイドラインを今作っているのです。
ーー翻訳のローカライズにおいても、ユーザー視点がとても重要なのですね。
そうですね。チームも僕自身も、ユーザーの声を大切にしています。チームの重要なミーティングでは、メインの議題に入る前に、ユーザーの声を共有する時間がありますし、僕自身もコンテンツを作る上で、ユーザーインタビューを行うことがあります。
入社後は、”Adobe Express”を周囲のいろいろな人に体験してもらい、感想を聞いていました。母にも使ってもらったのですが、「アセットはどういう意味?何かのセット?」と言われたのを覚えていますね(笑)。ユーザーからの細かいフィードバックを元に改善し、チーム内でそれを共有するということを繰り返しています。ユーザーの声を置いてけぼりにして開発をしても、よいものは生まれないので。
ーーアドビのマーケティング施策の特徴であるPLG(プロダクトレッドグロース)を体現していますね。
確かに、ユーザーのプロダクト使用を起点にしたマーケティングを意識しているからこその施策だと思います。
従来のマーケティングでは、広告でプロダクトの認知を広めるところから始まりますが、PLGではユーザーが他の人に勧めたりして宣伝してくれることを想定しています。そのため、ユーザーにとってわかりやすく使いやすいプロダクトになっている必要があるのです。ユーザー視点がPLGの前提となっているといえると思います。
ーー加納さんにとって、マーケティングとはどういうものですか。
「商品・サービスとお客さんを結ぶ道を作ること」だと考えています。現代は、「よいものであれば売れる」ような時代ではありません。例えば伝統工芸品のような、国がお墨付きを与えるほどのすばらしい商品であったとしても、何もしなければ売れないのです。
顧客に届けるためには、顧客のニーズに沿うように商品に手を加えたり、商品の魅力の伝え方を工夫したり、商品を売るチャネルを変えたりする必要があります。そのような、商品と顧客のつなぎ方、道筋を考えるのがマーケティングの仕事だと思います。
ーー今後の目標を教えてください。
まずは、現在のプロジェクトで大きな成果を出したいと考えています。ユーザー視点に立ち、PLGを実現できるようなSEO戦略やコンテンツ作りに引き続き取り組んでいきます。その後は、プロダクトマネジャーのような、プロダクトを作る側に回ってみるのも楽しいかもしれないですね。
アドビには、あらゆる領域のプロフェッショナルが揃っています。別部署への異動や国同士の交流も盛んなので、さまざまな社員の話を聞きつつ、自分のキャリアも柔軟に考えていければと思っています。
ーーありがとうございました!
本書と山口さんのおかげで、人生ではじめて「マーケターとしてのキャリア」を俯瞰して、戦略的に考えられました。キャリアに悩めるすべてのマーケターに、心からおすすめしています。
人間関係に悩むたび、定期的に読み返すバイブル。忙しい毎日で忘れがちな大事なことを、スッと思い出させてくれる名著です。文庫本が持ち歩きやすくて良き。
本書の企画立案から骨子案策定、一部の執筆を担当。越境ECや代理店時代に積ませていただいたコンテンツマーケティングに全力で取り組んだ経験を、裏方として構成に詰め込んだ、とても、とても思い入れのある一冊です。
アドビ株式会社
■事業内容:ソフトウェアおよび関連サービスの提供
■本社所在地:東京都品川区大崎 1丁目11番2号 ゲートシティ大崎 イーストタワー
■設立年:1992年
■代表取締役社長:クレア ダーレイ
■従業員数:約550 名
■HP:https://www.adobe.com/jp/information/tokyo-office.html
【取材・執筆:山田奈緒美、編集:BeMARKE編集部】