インタビュー
BtoB企業のマーケティング担当者に、これまでのキャリアや仕事のやりがいについてインタビューする連載企画「マーケのキャリア」。今回は、パルコの店舗運営からキャリアをスタートさせ、キリン、ヤプリなどさまざまな企業でマーケティングに関わってきたJ.フロントリテイリング株式会社グループデジタル統括部デジタル推進部の島袋孝一さんにお話を伺いました。
島袋さんは、流通小売企業にデジタルマーケティングが日本に本格的に導入されはじめたころから現場の最前線でデジマ推進の牽引役として活躍。キリンではSNSを通じた顧客コミュニケーションや、LINEを高度に活用したマーケティングを実践し、ヤプリではコロナ禍をきっかけとして、ウェビナーの毎週開催を行うなど、業界の潮流を作ってきた1人です。華々しい活躍が知られる一方で、「裏方」をキャリアの軸としてきたことや、自身はマーケターの認識はないと語るなど、独自の感性を持つ島袋さん。今回、インタビューから明らかになった、肩書にとらわれない働き方へのこだわりや、活躍を支えるネットワークづくりとは。
J.フロントリテイリング株式会社 グループデジタル統括部 デジタル推進部
新卒で株式会社パルコに入社し、当時黎明期だったデジタルマーケティングの推進に携わる。その後、キリン株式会社にてSNSマーケティングを担当、株式会社ヤプリでウェビナー「週刊ヤプリ」などのウェビナー企画立ち上げ・運営を行う。株式会社プリファードネットワークスを経て、J.フロントリテイリング株式会社へ(現職)。データを活用した事業会社支援や、メタバース・Web3領域に従事。Twitter:@simakoo1
・グロービスでマーケティングを体系的に学び、楽しさを知る
・面識を持ったらすぐにSNSでつながり、最新情報をフォローする
・肩書に縛られず人のためになることに自身の存在価値を見出す
ーー島袋さんのキャリアについて教えてください。
僕は就職氷河期と呼ばれていた2004年の新卒です。当時、内定が出たのはパルコのみで選択の余地はありませんでした。ただ、父親が百貨店で働いていたことや、学生時代、日本経済新聞社にて日経MJ部署でアルバイトをしていたので、流通小売系の仕事はなんとなく自分ごと化できるイメージを持っていたんです。
パルコはアパレル、食品、レストランなどさまざまなテナントが入っている商業施設です。来店したお客様に直接商品を売る「接客業」のイメージを持たれますが、商業ディベロッパーである僕が担当していたのは、主にテナント誘致や販売促進の仕事です。働くうちにテナントを支援する「裏方仕事の楽しさ」にハマり、13年間在籍していました。当時、全然辞める気はなかったですね。
その後はキリン、ヤプリ、プリファードネットワークスへと転職しています。周囲からは毛色が違うと言われますが、自分の中ではブレていないキャリアの軸というものがあります。
キリンは商品の開発・製造・ブランディングを行うものの、お客様に商品を販売するのはスーパー、コンビニ、居酒屋などの小売店です。僕はデジタルマーケティングの部署にいて、「お客様が小売店に行き、商品を認識し、購入する」という一連の購買行動をSNSやデジタルを使って補助する仕事に携わっていました。
BtoBにフィールドが変わるヤプリ時代は、対象となるのが、実際の店舗を持ちながら、ECやアプリを使ってブランド接点を構築しようとする企業だったので、仕事は「デジタルを使って、企業や小売店がお客様とコミュニケーションを円滑にするため」の支援です。
キリンでもヤプリでもデジタルという手法を活用していますが、消費者の購買体験をより良いものにし、小売店の売り上げを伸ばすためのコミュニケーションを構築する、というのはパルコ時代にやっていたことと共通しています。
ーーBtoB、BtoCに関係なく、終始、裏方の存在として企業と顧客のコミュニケーション構築のために奔走していたんですね。
いちおう表にも出てはいました(笑)。ヤプリではマーケティング本部に配属され、オフラインの展示会やセミナー施策に携っていたのですが、入社した次の年、コロナ禍でオフラインイベントが実施できなくなったことで、BtoBマーケティングでは前例のなかった毎週開催のウェビナー「週刊ヤプリ」を立ち上げています。そこに僕も出ています。
マーケティング的な成果としては、継続的な発信と多彩なゲストの出演によって、新規リードの獲得や顧客との関係維持に貢献したと思っています。
その次のプリファードネットワークスはAI・DL(Deep Learning)のビジネス活用を進める会社です。デジタルを使ってビジネス・事業を進めるための裏方をしていたので、そこでも軸は変わりません。
これまでのキャリアを振り返ると、どの仕事も裏方として企業(店舗・ブランド)とお客様の喜ぶことをやってきたという一貫性があって、介在価値を出しながら裏方として関われることに、楽しみや喜びを感じられて、その点を大事にしながら仕事をしてきたと思っています。
ーー本格的にマーケティングに取り組まれたのはいつ頃ですか?
きちんとマーケティングの概念に触れたのは、パルコで働いていた30代前半頃です。社内の研修制度の一貫で、グロービスに通っていた先輩の口コミから興味を持ち、社内公募に手を挙げました。それまではマーケティングに接点がなかったものの、体系立てて学んだことで、自分に足りていなかった視点や改善の余地に気づくことができましたね。
グロービスに通って良かったのが、“生もの”であるマーケティングのおもしろさにも気づけたことですね。当時「エンゲージメント」や「アドテク」など最新のマーケティングを実務で行っていた一方、世の中に出始めていたデジタルマーケティングについては教科書にも載っていない。最新のマーケティングを教えているグロービスでも教えられていないことを実践しているユニークな世界にいる。マーケティングは日々変化する“生もの”であり、自分がマーケティングの最先端に携わっているのだとこのとき実感しましたね。
でも、グロービスに通って一番良かったのは、マーケティングを学ぶことよりも、ネットワークが広がったことです。グロービスにはマーケターに限らず一流企業の方が集ってくる。普段の業務だけでは会う機会のない異業種の方とお話しすることで、自分の視野が広がることに非常に価値を感じました。これをきっかけに人脈を広げていくことに関心を持ち、本来社交的な性格ではないのですが、多種多様な方とお会いして話す機会を積極的につくるようになりました。
ーー今でも積極的に社外の方に会っているのですか。
そうですね。人と会って名刺交換した瞬間に、Facebookで検索し友達になります。僕はメルマガや広告の情報ではなく、実際にコネクトしている人が持つ一次情報を信じています。そのため、グロービスで出会った人はもちろん、仕事でお会いするパートナー企業の担当者、営業担当者、マーケター全てと可能な限り直接つながり、情報を得られる環境をつくっています。
Facebookの友達の上限って何人か知っていますか? 僕、2年前にFacebookの友達の上限(当時5,000人)を超えてしまって、「島袋孝一 2号」のアカウントを作りました(笑)。
Facebook以外にTwitterやLinkedIn、Instagramも利用しています。SNSを利用してフラットな関係づくりをしていきたいので、SNSにDMをもらったことがきっかけで直接お会いすることも多々ありますね。
ーー人とのつながりが直接仕事へつながることはありますか。
人脈を広げることで情報が入ってくることはもちろんですが、「誰を知っているか」よりも「誰から知られているか」ということが大事だと思っています。僕が何者で何をやっているのかを常日頃から発信することで、異業種の方から声をかけていただき、新しいヒントにつながります。そのためにもオンライン上での情報発信によって、他者との接点をつくっています。
ーーこれまでデジタルマーケティングに携わってきて、苦労した点はありますか。
パルコでデジタルマーケティングを立ち上げた時に、現場との調整に多くの失敗をしました。施策を立てたらすぐ実行できるのがデジタルの強みですが、当然、リアルの売り場はすぐに対応できません。
例えば何かキャンペーンを実施する場合、デジタルチケットやクーポンを発行して終わりではなく、店舗のオペレーション体制を作る工程・調整が発生します。現場からすると、突然本部から企画がおりてきても、すでに決まっている販促計画があるため、施策ができないことがあります。
当時、施策を進める際に、本来必要だった丁寧なコミュニケーションが取れなかったと反省しています。店舗側の計画や都合が考慮できず、現場の理解を得られませんでした。そのため、デジタル活用施策の推進を難しくしてしまったこともありました。
ーーマーケティング部門と実際にお客様に接する営業部門とのコミュニケーション不足はBtoB企業の課題としてよく挙がります。どのように乗り越えたのでしょうか。
当時はデジタル黎明期だったため、スタッフ全員がデジタルを使うことでどのように売上に貢献できるかをイメージしにくい状況です。中長期的に考えるとデジタルを取り入れる必要がありますが、当時の現場は、日々の売り上げ・運営のことが一番大きな業務でした。
現場の方に施策の重要性を理解してもらうために、僕自身が多くの店舗の現場に出て、デジタルでできること、仕組みについて直接説明をしました。関係性を構築し、同じ方向を見て進んでいくためには、はじめからデジタルに頼らずに直接会って話すことが大事だったのです。
ーー現場の方たちに丁寧に説明する際に心がけていたことはありますか。
専門用語を使わず、別の言葉に置き換えて説明することを意識していましたね。当時はオムニチャネルという言葉と概念が定着していなかったため、「店舗がない場所、開いていない時間でもお客様とコミュニケーションが取れる」という意味を込めて社内では「24時間パルコ」と呼びました。この言葉でみんなが共通のイメージを持てて、その後は協力して取り組むことができましたね。
ーー島袋さんにとってマーケターとはどのような存在でしょうか。
僕自身はマーケターである、マーケティングをやっているという認識を持っていません。パルコのマーケティングは、宣伝販促の手法やブランディングが一般的なマーケティングセオリーに完全には当てはまらなかったこともありますが、それよりも、自身が肩書にとらわれたくないためです。肩書に束縛されたくないので、自分のことを一言で説明する場合、総合的な意味を含めて「ビジネスパーソン」と言っています。会社のミッション、バリューに沿うことならなんでもやるのが僕の働き方です。
20代、30代の方の多くは決められたミッションを遂行しながら、その中でスキルアップしていきますが、僕の場合はBtoBtoCのように目の前の小売店さんだけでなく、その先の人たちも見なければならなかったので、視野を広く持つ必要がありました。このようなポジションで、その時々でマーケターであったり、人をつなぐコミュニケーションハブの役割を担ってきたと思っています。
ーー肩書に縛られずにキャリアを築いて来た中で、どのような存在を目指してきたのでしょうか。
マーケティングに悩んでいる方から想起される存在になれることで、自分の存在価値が出ると思っています。そのために、課題解決のヒントを提案をする人、知識のある人であったり、誰かとつないでくれる存在を意識してきました。会社に属して働くうえで、既存の事業や会社のため、誰かのために、新しいことを始めたり改善していくことが自分の存在価値だと思っています。
ーー仕事のやりがいを教えてください。
BtoBマーケティングに携わる方は、展示会やセミナー運営、オンライン広告改善など自分たちのフィールドでプロになるという向上心に溢れ素敵だと思います。その道のプロとして活躍することは自己実現の1つですよね。
僕は好奇心を持って、常に視野を広げ、気になった人には会って話を聞きます。周囲からは「よそ見」だと思われがちですが、そうすることで自分の興味関心が広げられたと思っています。ひとつの道や肩書にとらわれず、「自分はこちらの方が得意」と思ったらすぐに活躍の場を広げられるよう情報収集や周囲との関係づくりなどの準備をしているわけです。
目先のものや1つの世界しか見ていないとどうしても視野が狭くなってしまいますよね。少し視野を広げるだけで、今まで知らなかったやり方や、活躍できる世界を認識できる。それだけでも価値があると思っています。
まずは、オンラインでも何でも他の人の考えや活躍する世界を知ることから始めることです。そこからコミュニケーションを取りたい、直接会いたいと思ったら、SNSなどで探してコンタクトを取りましょう。取ることができる時代です。僕は気になった方のSNSをフォローし連絡しますし、僕宛に連絡をもらうのは歓迎です。
ーー最後に、これからマーケターとしてキャリアを積み重ねていく読者に向けて、一言、メッセージをお願いします。
好奇心を持って視野を広げることで、楽しみややりがいを見つけることができます。「よそ見」に見えても、視野を広げたことで得たものは、自分のビジネスに還元していけるはずで、マーケターとしてのキャリア構築につながっていきます。
社内に限らず外にも目を向けることで、仕事の幅が広がり、活躍できるフィールドも増えるでしょう。フィールドの広げ方は転職に限らず、社内での役割を変えることでも実現できるので、そのためにはさまざまな人とつながり、自分の引き出しを広く深く持っておく必要があります。
僕は好奇心を持って視野を広げることを楽しんでいます。ぜひBtoBマーケティングに携わる方も、楽しみながら活躍の場を広げていってほしいと思います。
ーーありがとうございました!
・グロービス経営大学院「[改訂4版]グロービスMBAマーケティング」
初めてマーケティングを体系的に学んだスクールの書籍。当時使用していたのが改訂3版ですが、改訂4版にはデジタルマーケティングについての説明が追加されました。
・山口義宏「マーケティングの仕事と年収のリアル」
出版当時、他では扱っていない内容で新鮮でした。
・佐藤 尚之「ファンベース ──支持され、愛され、長く売れ続けるために」
SNSマーケティングの実践を含め、マーケティング活動の拠り所となった1冊です。
J. フロント リテイリング株式会社
■事業内容:百貨店業等の事業を行う子会社及びグループ会社の経営計画・管理並びにそれに付帯する業務。
■事務所所在地:東京都港区港南1丁目2番70号 品川シーズンテラス
■設立年:2007年
■代表執行役社長:好本 達也
■従業員数(連結):7,258名(2023年2月28日現在)
■HP:https://www.j-front-retailing.com/
【取材・文:BeMARKE編集部】