インタビュー
注目のSaaS企業のマーケ戦略を深掘りする連載企画「急成長SaaSのマーケ戦略 大解剖」。今回は、クラウド型のビジネスチャットツール「Chatwork(チャットワーク)」の開発・運営を行うChatwork株式会社にお話しを伺いました。
「Chatwork」がリリースされた2011年は、まだビジネスチャットの必要性が認知されていなかった時代です。しかしその後、着実にユーザー数を増やし続け、2023年3月末時点の導入社数は39.7万社超え。ビジネスチャット市場のパイオニアとして走り続ける当社は、どのようなマーケティング戦略により、事業を成長させてきたのでしょうか。
コミュニケーションプラットフォーム本部マーケティングユニット長としてマーケティングを担う達山裕一氏に、3つのターニングポイントと具体的な施策について語っていただきました。
――リリース当初はどのようなマーケティング施策を行っていましたか?
2011年のリリース直後は、セールスやマーケティング活動は行っておらず、「ほぼクチコミのみ」でユーザーを増やしていました。というのも、当時はビジネスチャットはもちろん、個人チャットすら世の中に流通していない時代。「Chatwork」というプロダクトが会社の主力事業になるとは考えていなかったのです。
しかし現在代表の山本は、ビジネスチャットの可能性を予見しプロダクトを開発。当初は社内チャットとして使い始めたそうですが、知人のエンジニアに製品の話をするたびに「こういうシステムが欲しかった」という好反応を得て、徐々に広まっていったと聞いています。そして2013年には、会社としてリソースを割くべきと判断し、事業が始まりました。
――2015〜2016年の資金調達のタイミングが、最初のターニングポイントになったそうですね。
そうですね。すでにかなりのユーザーを獲得していたことから、コストをかけてインフラ基盤を整備するために資金調達を実施しました。戦略的に事業を成長させるため、専任チームを構築し、マーケティング2名、セールス3名ほどの体制で歩み始めたのです。
その後は、プロダクト主導のPLG(Product-Led Growth)と、セールス主導のSLG(Sales-Led Growth)のハイブリッド型で施策を実行しました。初期のKPIとして「フリープランのユーザー獲得」を目標としていたこともあり、一般的なWebマーケティングや展示会などのオフライン施策などにも着手しつつユーザーアクティビティを分析。有料プランへ転換してもらうための改善をプロダクトドリブンで展開していきました。また2019年には上場を果たし、ビジネス人材を中心とした組織力強化にも努めました。
――この時期に獲得したユーザーの業種や業態に傾向はありましたか?
一定以上の比率を占めていたのが、エンタープライズ系企業です。今でこそ「非IT×中小企業」をターゲットとしているものの、当時はビジネスチャットがまだ未成熟だった時期。規模の大きな企業の方が、先行導入しやすかったと感じています。
――コロナ禍のリモートワークの普及は、どのように影響しましたか?
コロナ禍の働き方の変化によって、DXに消極的だった企業もIT化せざるを得ない状況となりました。これにより、ビジネスチャット市場の浸透率は16%から18%※に増加。当社のリード数も約2倍に膨れ上がりました。
※15.6%(2021年10月調査)、18.6%(2023年3月調査)Chatwork社依頼による第三者機関調べ、n=30,000
この時期の戦略で意識したのは、「SLGを中心に展開すること」です。PLGでユーザーの個別アクティビティを分析するよりは、成果が出やすいだろうという判断から、セールス主導にシフト。急増した問い合わせに対応するため、セールスの人材を拡充させつつ施策を回しました。
またお客様からの問い合わせ対応や、新規導入へのサポート対応などを滞りなく進行させるため、動画や資料などの説明コンテンツも充実させました。お客様自身で使い方をインプットしてもらうことで、インサイドセールスやカスタマーサポートのコミュニケーションコストの削減に成功。さらに有料プランの利用を促すフックとして「期間限定での有料プランの無償提供」も実施しました。
同時に、コロナ禍の特需的状況も「いずれは終わりが来る」と考え、デジタル広告の運用や、ホワイトペーパーの配信、デジタルコンテンツの拡充など、ユーザー獲得チャネルや手法の拡張にも注力していきました。
――当時はどのような体制で施策を行っていたのですか?
分業でオンボーディングまでをフォローする、いわゆる「THE MODEL」の体制を取っていました。マーケティングからインサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスまでの一連のプロセスに区切って営業活動を進めたのです。
分業体制のメリットは、「最適化すべきポイントがフォーカスしやすい」ことだと考えています。それぞれのKPIに向かって正しく動くことで、生産性を上げ、ビジネスをスケールさせることが可能になります。
しかし、分業体制をとる場合には、「チーム間で起こる認識の齟齬」に注意を払わなければいけません。次のプロセスの担当に情報をきれいに引き継ぐことができないと、この体制の強みは発揮することができないからです。当社でもこの課題に直面し、CRMツール「セールスフォース」を整備するとともに、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの3チームを一つのユニットに集約。ユニットマネージャーが3チームをハンドリングすることで、情報や認識のズレを解消し、連携の強化を図りながら施策の運用を行うことが可能となりました。マネジメントの難易度は上がりますが、より効率的な体制が築けたと感じています。
――2022年にPLG戦略に原点回帰したとのことですが、その理由について教えてください。
2021年までのSLG戦略で、しっかりとユーザーの獲得ができ、「初期市場後のキャズムを越え始めるタイミング」に差し掛かりました。これ以降は、同様の戦略では成長速度が鈍化する可能性があると判断して、PLG戦略への原点回帰へと舵を切ったのです。
「キャズム」とは、新しい製品やサービスが顧客に浸透していく過程で発生する溝=障壁のことです。一般的な「キャズム理論」では、「真新しさ」を求めるアーリーアダプターが製品を使い始めた後、その様子を見て影響を受けたアーリーマジョリティが利用していく傾向にあります。しかし、アーリーアダプターと違い、アーリーマジョリティには「安心感」や「信頼」を求める傾向にあるため、「キャズム」という溝が存在し、これをいかに越えられるかが事業成長の鍵となるのです。
しかしビジネスチャット市場の場合、この理論はやや当てはまりにくいと考えています。なぜなら、アーリーマジョリティに該当する企業は、ITに対して消極的な意識を強く持っています。そのため、アーリーアダプターから影響を受けたり、「便利そうだから自分も使ってみよう」という意識にそもそも至らず、「使いこなせないだろう」とか「なんだか難しそう」という感想で終わってしまいます。
「日本の99.7%が中小企業」と言われていることから、アーリーマジョリティのほとんどを中小企業と仮定したとき、やはりこの層が抱えている課題に向き合うことが必須となります。その上で、「○○の悩みを改善することができる」などの具体的なメリットを言語化することが、意識変革の糸口だと考えて施策を検討しました。
――3つのターニングポイントの中で、SLGとPLGの効果的な転換が印象的でした。それぞれの戦略が適しているタイミングについて、どのようにお考えでしょうか。
商材によって、効果的に戦略が発揮できるタイミングは異なると思います。SLGは「こちらから説明します」というアプローチであるのに対して、PLGは「まずは使ってみてください」というスタンス。ある意味ユーザー任せなんです。このため、PLGで効果を生み出すためには、最低限「説明書がなくても進められるプロダクトであること」が求められます。
コロナ禍をきっかけに、オンライン会議ツール「Zoom」の利用者が爆発的に増えましたが、説明書を読んだ人は一握りもいないでしょう。このように、市場における優位性を持っていることに加えて「直感的に使いやすいUI」になっていれば、PLGが適していると言えるはずです。
当社ではアーリーアダプターの層を獲得するまでは、個別アプローチが可能なSLGを中心に行い、その後はPLGに転換しています。これはプロダクトをより一層改善することで、アーリーマジョリティの大半を占める中小企業が持つITへの苦手意識やわかりづらさを少しでも解決するためです。そして、既に利用しているユーザーが新規ユーザーを「招待」することで、ユーザー獲得がプロダクトの中で複利的に広がっていくために必要な機能を改善・実装するためです。このように、その時々のフェーズによって状況を見極め、戦略を検討することが大切だと考えています。
――今後の展望について教えてください。
おかげさまで中小企業を中心に、たくさんの方にご利用いただいています。今後も、コミュニケーション課題に留まらず、中小企業のあらゆる「負」を解消するプラットフォームになるというビジョンを掲げ、進化していきたいと考えています。
また2023年1月にすべてのマーケティング機能を一つの組織に集約したことで、一気通貫でのマーケティング戦略が可能になりました。2024年には「中小企業No.1ビジネスチャットのポジションを確立する」という目標に向かい、さらなる飛躍を目指して邁進していきたいと思います。
――ありがとうございました!
Chatwork株式会社
事業内容:Chatworkの開発運営、ソフトウェア販売
本社所在地:大阪府大阪市北区梅田2-6-20パシフィックマークス西梅田5F
設立年:2004年11月
代表取締役:山本 正喜
グループ従業員数:379名(2023年3月現在)
https://corp.chatwork.com/ja/
【取材・執筆:佐藤有香、株式会社YOSCA、編集:BeMARKE編集部】