インタビュー
DX推進を成果につなげる中小企業にフォーカスしその取り組みと推進のポイントを聞く、本企画。今回お話を伺ったのは、深絞り加工と言われる金属プレス加工を得意とするものづくり中小企業、株式会社樋口製作所です。
2018年から紙帳票の電子化、社内プラットフォーム開発などDXを推進。その範囲は業務効率化にとどまらず、AI技術継承システムや技術者育成デジタル教材の開発など社員教育にまで及びます。その推進における要諦は何か、執行役員 技術部担当 情報システム管理部部長 石田 清孝氏にお聞きしました。
株式会社樋口製作所 執行役員 技術部担当 情報システム管理部部長
樋口製作所入社以来、技術部にて板金プレス金型製作に従事、その後アメリカ工場の立ち上げを行い、現在は情報システム部門も兼任する。
1992年:樋口製作所に入社。
2006年:アメリカ拠点の立ち上げでは、工場の建設から営業・技術・製造・品質管理などの業務指導を経験。
2018年:情報システム管理部の組織化に伴い、社内のシステム開発に関わるPMを担当。
2023年:DX人材育成コンサルサービスを開始
ーーDX推進の本格化となる2018年までの経緯を教えてください。
「私たちは創業以来ずっと製造業、金属加工を営む中小企業です。特長は、社内で板金プレス金型から自動生産機と呼ばれる設備まで社内で設計・製作しているところです。
これまでの社内の課題としては、作業の自動化や効率化などの改善自体は地道に継続しているものの全社的な推進には至らずジレンマを抱えていました」
「そんな時、会社として最も大きな売上を占めていた取引先企業さまが経営破綻となったことで、さらにその危機感が強まりました。今後いかにして利益率を上げていくのか、生産性と品質をいかに上げていくのかというところのポイントに、当時世間でもDX推進の機運の高まりもあり情報技術力を取り込んだという経緯になります」
ーーDX推進初期の課題を教えてください。
「私と生産技術課などのメンバーがはじめに取り組んだのは、金型を作るところで使用していた工作機械のシグナルタワーからデータを自動で取得し機械の稼働率をリアルタイムで見える化できるダッシュボードの作成でした。しかし、推進者側の思いだけで作ったものは現場には響かず使われることはありませんでした。結局それはすぐに取り外すことに。
そこで改めて、現場の困りごとを解決しない限り受け入れてもらえないということに気づきました」
ーー課題に対してどのような対策を行ったのでしょうか。
「製造の管理者をやっていたメンバーや技術者など、現場の困りごとをよく知るメンバーと一緒に取り組みを進めていくことで、ようやく現場に受け入れられるようなシステムを開発できるようになりました。
しかし私をはじめメンバーたちは現場については詳しいのですが、システムの専門家ではありません。そのためデジタル技術を使っていかに製造現場の困りごとを解決し業務効率化できるのかというソリューションを現場に示せないことが課題でした」
「まずは私たちがプログラミングを勉強し、さらに、システムで何ができるのか・システム開発に何が重要なのか・要求定義や要件定義などシステムの開発方法に関する勉強をしました。そのうえで現場の困りごとを聞き取り『その課題はこういうシステムを作れば解決しますよ』と具体的に伝えられるようになったということがDX推進の第一歩目ですね」
この取り組みの結果、リアルタイムで稼働状況が共有でき現場のトラブルやデータ分析時間を削減できたそうです。また同時期に帳票類の電子化も行い現場の連携ミス防止につなげたとのことです。
これらの取り組みをリードしたのは、石田氏をリーダーとする情報システム管理部です。そのなかで「ブリッジエンジニア」と呼ばれるメンバーが、デジタル技術と製造現場を横断的につなぐ役割を担いました。
「製造業の“あるある”としてシステム開発推進者と現場メンバーの乖離というのがあります。ものを作ることが得意な人たちはシステムで何ができるかが分からず活用イメージがつきません。そのためシステム導入の際には操作イメージ画面などを作り実際に触ってもらうことが重要です。操作ボタンやインターフェースを現場の作業者と一緒に作り上げることでどんどん巻き込みプロジェクトを推進していました。その際にシステムと現場の架け橋となったのがブリッジエンジニアです」
「現場の隅々まで誰が何をやっているか分かっている、どういう問題があるか分かっている、その本質も分かっている人間がシステムを理解し開発・導入を推進することでブリッジの役目ができる」
ーーブリッジエンジニアは現場をよく知る社内メンバーであることが重要なポイントでしょうか。
「そうですね。社内のメンバーであれば今まで築き上げた人間関係があり、社員それぞれの特徴も理解しています。また長年の現場経験があり、問題の本質を理解し解決策を現場に落とし込めるというのは社内メンバーならではでしょう」
2020年には、受注から出荷までの情報を社内全体で共有できるプラットフォームを全部門に導入。生産ラインの改善や品質の維持向上を実現している。
ーー推進にあたり社員の理解をどのように得ていったのでしょうか。
「企業ごとの向き不向きがあると思いますが、当社のDX推進においてはある程度のトップダウンをもって進めていました。例えば紙の帳表類をすべて電子化するという時には、社員の理解を得られる前に紙を廃止するという手法を取りました。全社員が理解するのはとても時間がかかるため、プロジェクトを推進する際には全社として退路を立つという覚悟を持って取り組んでいます」
「反発の声は一定数ありますが、元に戻れない状況を作っていますのでそこは使うしかない。使っていくなかでチーム間のコミュニケーションが活性化したりシステム側のメンバーのサポートを通じて現場と共に作り上げるといった関係を構築できたりしたのは推進のヒントになりました」
ーー全社的なプロジェクト推進には経営層の理解も欠かせないのではと感じました。
「私の立場として恵まれていた点は、経営者が背中を押してくれたということです。
経営者から、DXを進めるビジョンと定義を明確に示してもらい、その基本方針・指示のもと、これまで色々な稟議を出してきましたが却下されたことは一度もありません。トップの理解や方針という点では非常に助かりましたね。
よく聞く話しだと、トップはやれと言ってもリーダー・社員がついてこない、リーダー・社員はとてもやる気があるがトップの理解がない、そのどちらかなんですよね。または現場は危機感を持ってやりたいと思ってるけれどトップからは費用対効果を理由に却下されるということも聞きます。
DX推進はそのすべてを費用対効果で測れるものではないので、そういう意味でもトップの理解は欠かせないでしょう」
「これまでがDX推進のファーストステップだとしたら、次の段階では現場から次々にシステム開発に関する要望が上がるようになり、まだメンバーの少ない情報管理部でどう回すかという課題がありました。新規開発だけでなく既にリリースしたシステムの改修、改修後の調整などすべて対応するにはリソースが不足していました」
ーー要望が増えた背景には、社員の意識の変化があったのでしょうか。
「現場から要望が上がるということは社内の文化や意識が変わってきたと感じました。ただ要望を出すメンバーとそうではないメンバーは2極化していた印象ですね。その点ではDXの社内浸透度合いはまだまだだと思います。
私のDXの定義は『デジタル技術を使って社内の人と文化をトランスフォーメーションする』ことだと考えていましたので社員の意識をいかに変革できるかは大きなテーマです」
その後、オフショア開発や外部エンジニア常駐、ベンダー開拓を行い、要件定義・基本設計・詳細設計や技術開発案件は社内で行い、コーディングは社外へ出すことで社内の要望にこたえていったそうです。さらにこれまで課題となっていた社員教育や技術継承においてもDXを進めることに。
「独自のeラーニングシステム『ヒグトレ』を開発しその中に教育動画コンテンツを200本ほど用意しました。各職場での作業工程を動画やアニメーションで解説することで若手社員が学びやすく理解しやすい環境を作りました。その制作は学生アルバイトに担当してもらいました。
『ヒグトレ』では全社員分の能力をスキルマップとして管理しています。動画学習を受講したあとテストを受検、合格して現場OJTで上長が作業担当許可した社員だけが実務を行えるという仕組みです。例えば現場であるプレス設備を使うために社員コードを読み込ませると作業許可がない場合には機械が自動停止するのです」
「もともとは生産指示書に対し使用する材料、金型の属性を登録し、そのデータが基幹システムに登録されたマスターと一致しているかをチェックするシステムとして運用していましたが、作業者のスキル情報とも連携することで、安全と品質を更に高めることができました。システム導入後は材質や金型の間違い、認定のない社員の作業がなくなり全社的に導入することになりました」
2022年4月からは金属加工業者向けに特化した技術者育成デジタル教材「ヒグトレ」の販売を開始。さらにデジタル教材作成の経験を生かし「AI技術伝承システム」の開発も進めています。
「これまで技術的な部分に関してはどうしてもシステム化できないという課題がありました。しかし現場からの要望もあり開発に着手することにしました。
まず金型設計者の考え方や思想、熟練の技術やノウハウをAIに学習させシステムを開発。システムにプレス製品の3Dモデルのデータをアップロードすると、熟練者であれば経験で分かるプレス製品の形状ごとにプレス加工での実現性判断や注意点などがシステムを使い自動で判定・表示され、それぞれの加工ノウハウも画面上でナビゲートされるため若手技術者でも分かるという仕組みです。
そのように技術伝承に関しては、AIを用いて属人化から属システム化を目指し取り組みを進めています」
ーーこういった取り組みに関して取材や同業者様からのお問い合わせも多いのではないですか。
「問い合わせはたくさんいただいています。行政やマスメディアの取材、製造業の多い場所柄ということもあり、同業者だけでなくさまざまな業界の方が週に1〜2回のペースでご来社いただくこともあります。システムや技術に関してはオープンにお伝えしつつ色々と意見交換させてもらっています。外部からの評価は社内の士気向上にもつながっているようです」
「社内でシステム化やデジタル化を進めてきているなかで、やはり一番の目的は競争力を高めることだと考えています。もちろん原価低減や工数削減、品質向上によって利益率向上につながりますが、それだけではなくDX推進においては『お客さまの満足』を主軸とすることが重要です」
「お客さまへの提案力向上施策のひとつとして、プレス部品のシリアルナンバーを2次元コードに変えて印字することでプレス部品1個単位からトレーサビリティを管理できるということを提案しています。これにより例えば市場で何かあったときにその2次元コードを読み取ればいつ誰が作りどのような材料・寸法だったのかが分かります。製品に関して取得できるデータはすべてお渡しできるということを付加価値としてお客さまへの提案力につなげていくという取り組みを進めています」
「自動車部品など大量生産するものに関してトレーサビリティを最小にしていくということは必ずお客さまの価値になるだろうということからシステム開発を行っています」
「これまで開発したシステムによって製品一つひとつのデータを取得できるようになりました。そこで部品1個制作するのにCO2排出量はどのくらいかということを製品の見積もりの際にあわせてお伝えしています。さらに、これまで培ってきた金型技術力・生産技術力・情報技術力を駆使しカーボンニュートラルScope3の部分でお客さまに貢献することができますというような価値を出していきたいということで今取り組みを進めております」
ーー営業活動におけるDX化というのも今後進めていかれる予定はあるのでしょうか。
「そうですね。最近ではMAを導入し今後さらに進めていく予定です。コロナ禍ではお客さまに直接お会いすることが難しくなりました。我々はものづくり企業ですのでいかに製品を手に取って見てもらえるかが重要です。そのため製品をWebサイトでどのように展開していこうかというところでWeb展示会をはじめました。
そこでWeb上で我々の技術を知ってもらうベースができています。最近はオフライン展示会も活気を取り戻しつつあるのでリアルとWebを両輪に走っているような状況ですね」
ーー今後の展望を教えてください。
「今後も市場変化の速度はますます高まっていくでしょう。そんななかでも、さまざまな変化を柔軟な考えで受け入れ新たな知識・技術を学び続けることで、お客さまへ新たな価値を届けていきたいと思っています。そのためにも全社でデジタル技術を使いこなし、データを活用することが重要だと考えています。
私が考えるDXの定義である『デジタル技術を使って人と文化をトランスフォーメーションする』ということを新しい知識を柔軟に取り入れつつ実践していきたいですし、社員にもそのような考えを持ち成長してほしいと考えています」
ーーありがとうございました!
株式会社樋口製作所
事業内容:金属プレス加工
従業員数:グループ 528名
所在地:岐阜県各務原市金属団地44
URL:hig-jp.net
ヒグトレ:higuchi-tt.jp
BeMARKE編集長。これまで15年以上Webメディア運営・コンテンツ制作に携わる。前職では美容系Webメディア編集長としてサイト規模を2年で28倍の2,800万PVに成長させる。2022年より現職。BeMARKEのコンテンツ編集・制作方針や計画の策定、取材・執筆などを担当。
X(旧Twitter):@maisuzuki_bmk