インタビュー
日本のBtoB企業は、さまざまなマーケティング活動を行うようになったものの、売上に結びつかないという課題を持ち続けているケースが少なくありません。要因に挙げられるのが、「部分最適」のマーケティング活動に走ってしまうためです。
こうした現状を変えようと、「BtoB企業というオーケストラがシンフォニーを奏でるように、ものづくり・マーケティング・営業の高度な連携によるハーモニーを響かせないといけない」との思いを込めた一冊『儲けの科学 ─The B2B Marketing─』をこの春、書き上げたのがシンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎氏です。
日本のBtoB企業がマーケティングを実行し、成果につなげるために欠かせない「マーケティング・オーケストレーション」について庭山氏に聞きました。
シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役CEO
1962年生まれ、中央大学卒。1990年にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。
1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供。海外のマーケティングオートメーションベンダーやBtoBマーケティングエージェンシーとの交流も深く、長年にわたって世界最先端のマーケティングを日本に紹介している。
年間で160回以上に及ぶセミナー講師やイベント・カンファレンスのゲスト登壇、多数のマーケティングメディアの連載をとおして、実践に基づいたマーケティング手法やノウハウを、企業内で奮闘するマーケターに向けて発信している。
IDN(インターダイレクトネットワーク)理事。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。著書に『BtoBマーケティング偏差値UP』『究極のBtoBマーケティングABM』『ノヤン先生のマーケティング学』ほか多数。
――今回、執筆にいたった経緯と思いをお聞かせください。
日本のBtoBの現状として、早い会社ではちょうど10年前ぐらいから始めていて、遅い会社ですとこの2、3年でマーケティングの部門を作って、MAを入れてという形で取り組み始めたところだと思います。まだマーケティングにまったく手を付けていないという会社は実は少なくて、展示会へ出展していたり、SEOをやっていたりと何かしらはやっているんですよ。
しかし、そうした取り組みがほとんど売上に貢献していないというのが今の、日本のBtoB企業の課題です。
背景として理由が2つあると思っています。
1つは、経営層がマーケティング部門を組織した経験がないことです。マーケティングが必要という総論は賛成でも、どのような組織を作って、人材を集めて、配置して、ミッションを持たせて、何で評価したら良いかがまったく分からない。
なんとなく作っているから、「うちの会社はマーケティングを強化しなきゃいけない」と問題意識を持っても、予算があっても、根本的な解決にはつながらない。
もう1つは、配属されたマーケティング部門の人材にマーケティングのキャリアがないため、何をしたら良いかが分からないこと。何をすべきかは分からないが会社から予算がついてとりあえずMAが入っているわけですよ。何をして良いかが分からないチームがMAを持ったら何を始めるかと言えば、MAの操作で一番簡単なメール配信です。いまマーケティング目的でメールを配信する企業はたくさん増えたものの、マーケティングのミッションのないメールが増えている。結果的に営業の足を引っ張っている。マーケティングと営業のコミュニケーションがとれていない典型的な例の1つといえます。
こうした問題は部分最適で解決しようとしてもだめで、全体最適にならないといけない。私たちはこれをオーケストレーションと呼んでいます。つまりオーケストラがシンフォニーを奏でるように、ハーモニーを響かせないといけない。そこが今、日本のBtoB企業の、一番の大きな課題だということで、今回、「マーケティング・オーケストレーション」という副題をこの本に付けています。
根っこにあるのは、共振していない、ハーモニーになっていないということなんです。WebはWeb、MAはMA、セミナーはセミナーとみんなそれぞれで頑張ってやっているけど、それらが売上や受注に貢献できているのですかと問いたい。部分、部分の営業・マーケティング活動で頑張るのではなく、売上・受注という全体最適につながるよう早く是正、修正しようと。マーケティング・オーケストレーションのコンセプトはそこなんですね。
――著書の中では、マーケティング・オーケストレーションの定義について、「ビジネスのアイデアを、市場が最も価値を感じる形で製品・サービス化し、あらゆるリソース・ナレッジ・データ・テクノロジーを組み合わせ、全体最適で調和させながら、顧客を創造し、維持・拡大する経営戦略」と書かれています。この経営戦略と結んだ点についてもう少し詳しくお聞かせください。
一般的な辞書の解釈に沿って言うならば、モノ、カネ、情報、ネットワークなどの経営資源を目的のために再配分するのが戦略だとされているんですよ。しかし、僕はそれにすごく疑問を持っていて、戦術だって同じじゃないかと。そうすると戦略と戦術の違いが説明できない。
うちの会社もお客様とのやり取りの中で戦略や戦術という言葉を使う。だからはっきり定義をしようということで、うちの会社の中では「自由度を認めてはいけないものを戦略」、「自由度を認めなければいけないものを戦術」と呼ぼうと決めました。
マーケティング戦略というときの戦略も、自由度を認めてはいけないんですね。だから社長が「うちの会社はABM(アカウントベースドマーケティング)を戦略的に採用するぞ」と言ったら、現場で「うちの事業部はいらない」とか「うちの部門はそれやらなくていいから、俺の客にはやらないで」というのは許していけないということなんですね。
結局、マーケティング・オーケストレーションというのは、「部署をまたぐ」ということなんですよ。マーケティング戦略を実施する時、実現するためには、営業部門も広報もマーケティングも法務もみんなそれをきちんと理解して、自分のパートの音楽をきちんと演奏することによって、全体でハーモニーを奏でる必要がある。営業部長とマーケティング部長の仲が悪いからといった話を認めさせないってことです。君たちは部署をまたいでハーモニーしなさいと。
多分そこまでさせないと、機能しない。よく、マーケティングの強い会社になりましょうとか、マーケティングドリブンの会社になりましょうとか言葉では言うものの、会社の中では「そんなもの要らない」と言ってしまっている人がたくさんいるのが日本の企業なんです。自由度を認めてしまっているんです。
マーケティング・オーケストレーションは「全体最適」です。たくさんの部署が絡むからこそ、自由度を認めないよう、トップダウンでガバナンスをしっかり持って浸透させていく必要があります。まさに経営戦略です。当然、トップ層のオーケストレーションに対する理解と実行意志が最も重要になってきます。
ーー著書では、CMO(最高マーケティング責任者)の重要性についても説かれています。
欧米でCEOになる人は必ずしもマーケティングのキャリアがあるわけではなく、技術系や管理系、営業から上がっていく人もいます。
アメリカの場合は特に、経営層ぐらいになるとMBAホルダーがとても多く、マーケティングの体系的な学習を済ませている。それでもマーケティングの実務をやった経験がないCEOはたくさんいます。そういう人たちにマーケティングの重要性やトレンドを説明し、理解してもらうミッションを持っているのがCMOです。
残念ながら日本ではほとんどの企業にCMOがいないんですよ。これは大きな弊害です。トップマネジメント層がマーケティングを全然知らず、トレンドにも関心がない、学ぼうとすらしていない。それがどれほど危険なことなのか。
皆さんご存じのように、日本の半導体がかつて世界一と言われ、燦然と輝いていたのがあっという間に市場を失ってしまったり、国内電機メーカーの出すパソコンのOSがいつの間にかWindowsになってしまったりしたわけです。
CMOがいない、企業がマーケティングを知らないということは、センサーがないのと同じです。近くまで敵が来ても気が付かず、気づいたときにはもう負けてしまっている。
ーー日本でCMOが活躍できていないのはなぜなのでしょうか。
日本企業はこれまで2つの大きな間違いをしています。まず1つは、広報PR担当の部長をはじめ、人事系や管理系などなんとなく近いニュアンスの部署から無理やり異動させてきた。これはうまくいきません。全然違いますから。特にデマンドセンターを主管するCMOの場合には、BtoB営業とのコミュニケーションが必須になりますが、宣伝広告と営業とではコミュニケーションが取れないケースが多い。
ほかにもよくあるケースで、マーケティングのキャリアがあるからと外資系企業から人材を引っ張ってくるのですが、そもそもカルチャーとあわなかったり、プロパーで入った古参の営業部門の人とぶつかってしまって3年もたたないうちに辞めてしまったりしてしまう。こうした失敗事例は山ほどあります。
もちろん、中にはうまくやっている企業もありますが、どうしても日本では少ないですよね。だから僕が今、企業の経営者からCMOをどうしたら良いかと聞かれた時には、「もう育てましょう」と伝えています。
いまマーケティング部門でリーダーや課長を務めていて営業部門とコミュニケーションできる、あるいは将来有望だと思う人材を集中的に学ばせて育てるしかない。もちろん営業系人材でも構わないが、「育てる」ということが多分一番遠回りのようで近道だと思います。
ーー今後、企業がCMOを輩出していくにあたり、どのような人材がマーケティング部門をけん引していくのに向いているとお考えでしょうか。
これからマーケを立ち上げようとするのであれば、10人中5人は営業出身者が良いでしょう。デマンドジェネレーションを直感的に理解している人材が最初からマーケにいる状態です。営業成績で言えば、ボトムの20%でも、トップの5%でもなくて、残りの75%の中にいる勉強して資料を一生懸命作って、データ見て、ロジックで売っている人が必ずいるので、そういう人間を集めてマーケティングを作るのが一番成功すると思います。
日本のBtoB企業の経営陣でも、マーケティングのスペシャリストを育てたい、持ちたいっていうことに対して、ネガティブな人はおそらく今いない。そこまで来ているんですよ。でも、育てる方法を持っていない。もし外部でマーケティングを学ぼうと意欲を持っている人材が社内にいるのであれば、まずは経営者が気付いてあげて、応援できるよう投資しないといけないですね。
ーー今後、マーケティング・オーケストレーションで日本のBtoBはどう変化していくとお考えでしょうか。
売上に貢献できるようになります。僕らは今、コンサルテーションとエデュケーションとBPOの三本柱でお客さんを支援しています。その中でも特にエデュケーションの会員制クラブ名に、インテリジェント・グロース・クラブ(IGC)という言葉を使っているんですね。賢く成長できる環境をオーケストレーションで作っていこうと。
営業もマーケも、Webもセミナーも展示会もみんな頑張っているけど、部分最適のままではいけない。ハーモニーになってないという状況はお金も時間もかかって疲弊するだけなんですよ。
オーケストラがシンフォニーを奏でるようになれば、別に人数を増やす必要もなく、今の人数のまま売上を1.5倍にも、3倍にもできると私は思っています。
書籍の中で言いたいことを、一言で言うとしたら、「日本企業は伸びしろしかない」です。部分最適から全体最適へシフトできれば、もっと給料も上がるし、賢く成長できますよというのがメッセージです。
ーーありがとうございました。
※情報は取材時点
【取材:鈴木舞、執筆:小斎恭平】
アライメントと呼ばれる、ものづくり・マーケティング・営業の高度な連携が生み出すハーモニー。米国で始まった売上に関わる新組織と統括ポジション「CRO」(チーフレベニューオフィサー)とは……
タイトル:『儲けの科学 The B2B Marketing(ザ・B2Bマーケティング) 売れるサービスを開発し、営業生産性を劇的に引き上げたオーケストレーションの技法』
発売日:2024年3月15日
刊行:日経BP
定価:2,750円(税込)
(シンフォニーマーケティング社の書籍紹介ページより抜粋)
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