インタビュー
今回、BtoBマーケティングとマネジメントの可能性に焦点を当て、マーケティング組織を成長させるための「最高の打ち手」と「マネジメント」について探ります。『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』を執筆し、マーケティングに「マネジメントの力」を掛け合わせた成果創出に挑戦し続けている株式会社EVeMの富家翔平氏へインタビューを行いました。
「施策がうまくいかない」「部署間連携が難しい」「効果的な手段が分からない」といった課題を抱えている、BtoB企業のマーケティングや営業担当者に向けて、富家氏の実践的な知見をもとに、組織の連携を強化して現場での実行力をいかに高めるか、そしてマーケティング活動を成功に導くための戦略と方法論について語ってもらいました。
株式会社EVeM Marketing Director
大手通販会社のマーケティング、広告代理店にてマーケティングコンサルタントを経験。その後、コニカミノルタジャパンにて、営業改革プロジェクト×マーケティング組織立ち上げを推進。マーケティング企画部 部長として、事業部・全社マーケティング組織の責任者を務めた。 2023年秋よりEVeMに参画。実践者のひとりとして、マーケティングに「マネジメントの力」を掛け合わせた成果創出に挑戦している。著書:最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド(翔泳社)
――『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』を執筆するに至った背景や理由についてお聞かせください。
BtoBマーケターになりたての頃、さまざまなBtoBマーケティングに関する本を手に取りましたが、自分の実力も知識も足りず、ピンと来るものがありませんでした。当時はMA(マーケティングオートメーション)ツールが注目されていて、それに関するセミナーなどにも参加しましたが、自分が実践できる具体的なイメージが湧かないことが多かったです。知識や事例としては参考になるものの、自分の実務に直結しない部分が多かったからですね。
あのときの自分が知りたかった内容を目指して、自分の組織や自分自身が置かれている状況をどう整理すべきか、そこから実行すべきマーケティングの施策をどのように導くかを考えながら、執筆しました。
特に「今の状況をどのように整理するか」という思考プロセスに重点を置いていて、現場での経験をもとに、徹底的に実務で役に立つ形を目指した内容であることがこの本の特徴です。世の中にある具体的なHowやTipsを生かすために役立ててもらえるような存在となっていればうれしいですね。
出所:『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』より。以下同じ
書籍全体の構成としても、BtoBマーケティングで成果を出すためにはどのような戦略が必要なのか、そしてそれをどう実行していくのかを深掘りしながら、読者の方が自分の状況に合わせて応用できるようにしています。
特に強調したかったのは、戦略を立てたら終わりではなく、それを実行し、さらに現場でどうフィードバックを得て改善していくかというプロセスです。
多くの企業では、がんばって作成したマーケティング戦略がうまく実行に移せない、あるいは改善のサイクルを回せずに成果が頭打ちを迎えているような問題が見られます。その課題を解決するための実践ガイドとしてこの本を執筆しました。
―― BtoBマーケ関連の書籍として、特に意識された点は何でしょうか?
マーケティングの戦略や戦術をいかに「組織の実行力」に結びつけるかという点です。多くの企業が似たような戦略や戦術を掲げているのに、成果が全く異なることがあります。これはもちろん、戦略以外の要素や細かな戦術の違いによって差が出ることもありますが、組織の実行力や、その実行を支えるマネジメントによって成果が分かれてしまうことは多々あります。
例えば、展示会に出展する場合でも、「適当にアテンドしよう」と考えている人と、「商談機会をもらう」という施策の目的を理解し、展示会における自分の役割(そのためにアテンドする)を認識している人とでは、成果が全く違いますよね。
この違いは、戦略や戦術そのものの優劣ではなく、それを実行する際の目的意識や役割の認識合わせとそのための準備、そして組織内でのコミュニケーションに起因するものであると考えられます。
この展示会という施策が、事業やマーケティング組織にどのような意味や意義があるのかをメンバーに伝えて意欲的に取り組んでもらう、といったことは、マーケティングの知識やスキルではなく、マネジメントの領域だと思っています。マネジメントを土台にした「組織の実行力」にどのように取り組むかが、創出される成果に大きな差を生みます。
また、BtoBマーケティングでは、顧客との接点が多岐にわたるため、各施策を組み合わせた全体最適が重要です。
自社の事業や状況によって打ち手が異なるような複雑な環境で、組織が一丸となって戦略や戦術を実行に移すためには、個々のメンバーが自分の役割を理解し、その才能やスキル、リソースを最大限に生かされるような組織や環境をつくることが不可欠です。この点を意識して、現場での実行力を最大化するための手法や考え方を本の中で示しています。
――書籍やWeb上でBtoBマーケティングの課題に関するさまざまな解決方法やケーススタディなどの情報がたくさん発信されていますが、それでも失敗や、打ち手を見つけるのに苦戦している企業が多い理由はどうお考えでしょうか?
BtoBのマーケティングにおける典型的な失敗の一つは、「とりあえずできることからやろう」という姿勢のまま施策を積み上げていってしまうことです。
新しいマーケティング施策を始めるときに、他社がやっていることをとりあえずまねしてみることは重要ですし、成果につながることがあるのも事実です。壁にぶつかるのはそのあとで、他社の施策をまねして実行し続けるのではなく、どこかで自社の状況に合った施策に変えていかなければ成果は頭打ちを迎えるでしょう。
期待されている成果や、目的に応じて「自分たちが実行すべきことはなにか」という問いに向き合わなければいけないのですが、これは他社の事例を探しても答えはありません。
この問いに答えるためには「事業理解と顧客理解」が必要です。
BtoBマーケティングは、事業の特性や業界のことを深く理解することでマーケティング戦略を自社用に個別化し、自社や顧客の理解を深めることで顧客に届けるための施策を具体化することで、届けるコンテンツや打ち出すメッセージに熱を帯びさせることができます。しかし、多くの場合、施策の実行が先行してしまい、大切な部分が曖昧なまま進んでしまうことがあります。
また、マーケティング組織としての「覚悟」も大切です。
BtoBマーケティングの施策は、商談や受注など成果につながるまで時間がかかることが多いです。たった一度の実施で直接的な成果につながらなくても、根気よく改善に取り組み、自分たちの手で成果につなげていくことも求められます。
BeMARKEの読者の皆さんにも実感があるのでは?と思うのですが、「とりあえずやってみるか」とやってみる意思決定をするのも、「成果がでなかったしやめるか」とやめる意思決定をするのも、じつは簡単だったりしますよね。むしろ難しいのは覚悟を持って続けることではないでしょうか。
――書籍でも、マーケティング組織に必要な「勇気」について語られていました。
ここで言う勇気とは、「合理的ではないことや非効率に見えることに対してもリソースを投じること」です。
例えば、新しい施策を試す際、できるだけ失敗しないように合理的に考えたり、効率的にやろうと論理的に考えようとすると思います。もちろんそれを考えるのは大切なことですが、最初からこぢんまりとした考え方で思考を小さくまとめてしまうと、自分たちならではのユニークなアイデアを生かせず、試すこともできません。ユニークなアイデアや施策の実行にはリスクがともないますし、失敗する可能性も高い。それでも勇気を持って取り組むことで、結果として独自の強みを築くことができます。むしろ、その先にしか自分たちの優位性は築けないと思います。
合理的で効率的で、論理的に考えることばかりを重視すると、結局のところ、他社と同じような施策に落ち着いてしまうということは、皆さんも感じているのではないでしょうか。施策に蓋然性を求めると、他社に追随しようとしてしまうのはさけられません。
マーケティングの本質は他社と違うことをする、差別化を図ることにあります。そのためには、一見すると非合理で、非効率で、論理的に説明できなかったとしても、独自のアイデアやアプローチにコミットする勇気が必要です。
また、組織を率いるマネジャーは、メンバーに対して「なぜこの仕事に取り組むのか」をしっかりと説明し、その取り組みを通じて事業や組織、個人がどのように成長につながるのかを伝える必要があります。その上で、適切な仕事に最適な人をアサインし、行動変容を促し、その結果(事実)をもとにした評価として伝える。このプロセスが、組織の実行力を引き出す鍵だと思っています。
――成果を出すための仕組みと組織をつくりたいと考えるマネジャーがよく直面するのが「部署間連携」です。どう改善していけば良いでしょうか。
部署間連携がうまくいかない原因の一つに、そもそもの「組織の役割」や「目標」の認識がそろっていないことがあります。組織の役割をどのように定義するかは非常に重要です。
例えば、自分たちのマーケティング組織の役割が「セミナーを開催してリードを獲得する役割」なのか、「新しい収益の柱をつくる役割」なのかで、目標の立て方が大きく異なります。まずは組織内で役割の認識を一致させ、それにもとづいた実行計画を立てることが必要です。
また、組織間におけるコミュニケーションエラーの大半は、必要な人同士が、適切なテーマを、最適な頻度で話せていないことが要因で発生すると考えています。まずは、組織や機能同士が有機的に連携するためのコミュニケーションが行えているのかを見直してみると良いと思います。書籍でも、「ミーティングマネジメント」について解説をしています。無駄な会議は減らした方がいいのは言うまでもありませんが、今ある会議をより良いものに変える工夫も大切です。
また、施策の優先順位が不明瞭である場合、組織全体での共通の理解や納得感が欠けていることが多いです。そのためには、成果のための施策だけでなく、チームをどう成長させるかという観点も含めた両輪のプランニングが必要です。施策を実行するだけでなく、チーム全体の成長を促しながら実行力を高めていくことが求められます。
具体的には、まず全社的な目標をもとにした各部署の役割を明確にし、その役割ごとにKPIを設定します。さらに、マネジャーが各メンバーの強みや希望を把握し、適切なアサインを行うことが重要です。
ここで重要なのは「Will」と「Can」の考え方です。メンバー一人ひとりの意志(Will)と能力(Can)をしっかりと把握し、それにもとづいて適切にアサインすることです。
この「Will」と「Can」を具体的に把握するには、日々のコミュニケーションが欠かせません。例えば、マネジャーが定期的に一対一の面談を行い、メンバーが何に興味を持ち、どのような目標を持っているのかを聞き出します。そして、これを組織の目標とどう結びつけるかを考えます。
「Will」はメンバーのモチベーションの源泉であり、これを無視せずに適切な形で業務に反映させることで、彼らのパフォーマンスを最大化できます。一方、「Can」はメンバーが実際に持っているスキルや能力を指しますが、これを育てるためのトレーニングやサポートもマネジャーの責任です。「Will」と「Can」がそろって初めて、メンバーが最適なパフォーマンスを発揮できるため、その両方を意識することが求められます。
例えば、あるメンバーがSEOにあまり関心を持っていないとしても、その人のキャリア目標にどのように役立つかを説明し、意義を見出してもらうことで、意欲的に取り組んでもらえるように促します。この際、メンバーの「Will」を無視せず、それを引き出したり、あるいは意義や意味を吹き込むことが求められます。
アサインというと単に業務を割り当てることをイメージしますが、それだけでなく、なぜその業務が必要なのか、なぜあなたにお願いするのか、その業務を通じてどのような成長機会があるのかを丁寧に説明することで、メンバーが自主的に取り組む環境をつくることができます。
これは成果に直結するだけでなく、メンバーの成長とモチベーション維持にもつながります。マネジメントの力が成果を大きく左右する部分ですね。
BtoBマーケティングで成果を出すためにはマネジメントが重要なのですが、このテーマについては、まだそれほどナレッジがシェアされていないと感じています。だからこそ、皆さんと一緒に考えたいことですし、BtoBマーケティングによって成果を出すための伸びしろがある部分だと思っています。
――今後のBtoBマーケティング業界で起こり得る変化や、将来必要となるスキルについてお聞かせください。
今後は、「人の才能」に焦点を当てることがますます重要になってくると考えています。自分自身もそうですし、メンバー一人ひとりが持つ才能を生かしたプランニングや取り組みができるかどうかが、今後の差別化ポイントになります。
特に、個々の才能をどのように見極め、それをどのように生かすかを思考し、それに合わせて柔軟に戦略や戦術を変えることができるかが鍵を握ると考えています。
例えば、コミュニケーションが得意な人には顧客との直接のやり取りによってコンテンツをつくる役割を任せたり、データ分析に強い人には戦略の立案を支援する役割を担ってもらったりすることで、それぞれが最大限のパフォーマンスを発揮できます。施策や取り組みに人をアサインするのではなく、人が持つ才能から打ち手をプランニングする勇気を、組織やマネジャーが持てるかどうかが重要になってくると考えています。
また、コンテンツの量やアプローチ量が増えた現在では、熱量高く生み出したコンテンツをいかに個別化して届けるかが重要になってきていると感じています。
マーケティングは、できるだけたくさんの人に広くアプローチする方法を考え、実行に移す仕事でもありますが、だからこそ大切なのは一人ひとりの目を見ながら「隣で話しかける」ような温かいコミュニケーションではないでしょうか。
合理的でも効率的でもないですが、そうした熱量が伝わるような取り組みが、結果的に、顧客との強い信頼関係を築き、他社が追従できない差別化要素になると考えています。
――ありがとうございました。
※情報は2024年10月10日取材時点
大手企業および、スタートアップ・ベンチャー企業でBtoBマーケティングの組織立ち上げから組織拡大まで携わった富家氏が、マーケティング組織の立ち上げから成果創出のために必要なアクションの全体像を「プロセス」「キーポイント」「アクション」の3つのポイントで整理して解説。まずは「プロセスマップ」で事業貢献を実現するためのマーケティングの手順を把握し、「キーポイントマップ」と「アクションマップ」を使って可視化した課題や目標から行動計画を立てます。これらによって組織がBtoBマーケティングの全体像を把握し、戦略的に施策を企画することができるようになります。
また、マーケティングが利益に貢献できるよう、LTV最大化をマップのゴールに置き、マーケティングプランの策定から、施策の企画・実行、効果測定までを解説しています。
書名:『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド 3つのマップで戦略に沿った施策を実行する』
著者:富家 翔平
発売日:2024年6月26日
定価:1,980円(本体1,800円+税10%)
判型:A5・256ページ
https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/978479818572
序章 3つのマップでつかむマーケティングの全体像
第1部 組織の立ち上げ期/立て直し期
第1章 自社の状況と顧客を知る~(1)現状を把握する~
第2章 マーケティング組織の活動計画を練る~(2)組織をつくる~
第3章 マーケティングプランの策定と宣言~(3)プランを立てる~
第2部 組織の初動期
第4章 コンテンツ戦略を立てる~(4)コンテンツをつくる~
第5章 リードへのアプローチ~(5)商談機会を得る~
第6章 実行力を高めるマネジメント~(6)実行と改善のサイクルを回す~
第3部 組織の成長期
第7章 ボトルネックを特定するための全体俯瞰~(7)実行すべきアクションを見つける~
第8章 リーダーシップとコミュニケーション~(8)さらに成果をあげるために~
※EVeM社のリリース「『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』出版」より抜粋して紹介