インタビュー
THE MODEL型の分業化が進む組織では、部門間の「分断」がボトルネックとなり事業成長を鈍化させている場合があります。組織運営のボトルネックを見つけ解消し「売れる組織」を構築している企業は、どのような取り組みを行っているのか。
本企画では株式会社immedio 浜田英揮氏が聞き手となり「売れる組織」づくりに挑む企業へ取材を行いその取り組みをご紹介します。
今回はjinjer株式会社 マーケティング部 藤本真央氏とインサイドセールス部 松浦裕甫氏をお迎えし、マーケティング部とインサイドセールス部の連携のポイントから体制構築の秘訣まで詳しいお話を伺いました。
jinjer株式会社 マーケティング部 部長
2011年に人材ベンチャーへ入社し、企業の新卒採用におけるコンサル営業として6年半従事。その後社内公募制度により異動、マーケターとして子会社の立ち上げや事業戦略、集客企画などに携わる。現在は、jinjer株式会社のマーケティング部部長としてジンジャーシリーズすべてのマーケティングを管掌。
jinjer株式会社 インサイドセールス部 部長
新卒で大手人材会社に入社後、中途採用コンサルティングに従事し、営業責任者に昇進。業務推進および営業推進グループの立ち上げにあたり責任者を務める。2021年 jinjer株式会社に入社。バックオフィスクラウドサービスの「ジンジャー」のフィールドセールス営業責任者に就任。現在は、インサイドセールス部責任者として組織運営に携わっている。
ーー松浦さん、藤本さんの担当業務と各部のミッションを教えてください。
松浦氏:当社ではTHE MODEL型の分業体制をしいており、そのなかで私はインサイドセールス部の責任者をしています。
インサイドセールス部は商談数の最大化をミッションに、マーケティング部からパスされたSQLへアプローチし商談化を目指しつつ、検討期間が長期化したお客様に向けたナーチャリング施策を行っています。
藤本氏:私はマーケティング部の責任者として、SQL数の最大化と投資回収率の高い施策設計をミッションにしています。チャネルや仕掛ける領域ごとに複数の施策を走らせ、そのなかからSQLを生むことに取り組んでいます。
マーケティング部とインサイドセールス部とも、フィールドセールスの保有パイプライン数と成約数の最大化を目指しています。
ーー御社のSQLの定義とは何でしょうか。
藤本氏:当社では、リード=ほぼSQLと定義しています。
一般的には、まずMQLをつくりそのなかから営業がアプローチすべきリードを選別しSQLと定める、という流れだと思います。
しかし当社のインサイドセールスは組織力とオペレーションの完成度が高く獲得したリードにすぐにアプローチしてくれるため、MQL=ほぼSQLになっているんですね。マーケティング部としてはとても心強く感じています。マーケティング部とインサイドセールス部の連携がスムーズに行われていることもポイントです。
ただ現在の体制になる前は、各部署の目標数字がリンクしていない、隣り合った部署の戦略や業務に対する理解度が浅いといった課題がありました。
ーー組織の変遷について詳しく教えてください。
藤本氏:これまでマーケティング部、インサイドセールス部内ではプロダクト別にチームを分けていました。勤怠、人事、経費精算というようにプロダクトごとに分けて、そのなかであらゆる施策を行う体制にしていました。
プロダクトごとに密にコミュニケーションできるメリットはあったものの、お客様への対応の精度を上げるためにもチャネル別組織を取り入れようという案が出ました。
当社が前身のネオキャリアからスピンアウトしてから約1年後、HR領域に特化するというブランド戦略を切り替えたタイミングに合わせて、チャネル別組織に変えました。
松浦氏:インサイドセールス部は、そのタイミングではまだプロダクト別組織でした。人事担当者向けプロダクトのチームであれば、人事担当者のみに向き合うという形でしたね。
ただ「顧客対応」という面では、プロダクト別では顧客解像度が深まらないという課題がありました。なぜかというと、チャネルによってお客様の課題が大きく異なっていたからです。
特に、お客様の購買フェーズを課題感を感じていない段階から導入検討の段階まで7段階に分けたとき、初期フェーズのお客様ほどチャネルごとに反応が分かれるということが見えてきました。
しかし営業担当者としては、比較検討段階のお客様への対応を優先しがちという状況がありました。どうしても、初期フェーズである“潜在層”のお客様への対応がおろそかになってしまう。
当社は「世界で最もお客様を大切にする」というフィロソフィーを掲げています。それをインサイドセールスが体現するには、“潜在層”のお客様へ対応する仕組みをつくる必要があると感じました。そこで認知フェーズのお客様に対応する部隊を新たにつくりました。
さらにお客様の行動や反応を「温度感」という観点で分析したところ、チャネルごとに温度感がまったく異なるということが分かりました。「どのプロダクトに問い合わせたか」よりも「どのチャネルから入ってきたか」が重要だということが明確になりました。
もっとお客様に寄り添うには、チャネルごとにアプローチ手法を変える必要がある。そのため、インサイドセールス部でもチャネル別組織に移行しました。
藤本氏:マーケティング部・インサイドセールス部ともにチャネル別組織にしたことで、これまで以上にお客様に寄り添える組織になったと思います。組織改変によって、SQLの商談化率も向上しました。組織全体として、ここがターニングポイントのひとつでしたね。
ーープロダクト別組織からチャネル別組織への変更は、ある意味、プロダクトの壁を壊して組織を再編したともいえる大きな変化です。意思決定から実行に至るまで、どのように進めたのでしょうか。
松浦氏:マーケティング部とインサイドセールス部、フィールドセールス部が合同で行う週次の会議での話し合いが、組織改編に至る考え方や進め方の基本になっています。
各部がそれぞれの目標を追うなかで、あるチャネルでは歩留まり率が伸びているけれど、別のチャネルでは落ちてきている。「なぜこのチャネルは落ちているのか」というマーケティング部からの問題提起があり、どのような体制であれば効果的かつお客様に寄り添う対応ができるのか、議論を重ねました。
そこでチャネル別組織へ再編する案が出て、まずは部分的に取り入れようという流れになりました。
藤本氏:マーケティング部としては、チャネル別組織への再編を進めたいと考えていたため、部署を超えてこうした議論ができるのはありがたいですね。フィードセールス部も、商談数が増えるのであれば賛成というスタンスでした。
まずは1組織のなかでテストマーケティングを行いました。はじめてすぐに、お客様に寄り添った対応ができるようになったと同時に、SQLからの商談化率が単月ながらも改善されるという結果が出たんですね。
当社は「バクソク」というValues(行動指針)を掲げており、良い案はすぐに実行しようという文化的土壌があります。テストマーケティングを1ヶ月行った後、翌月にはチャネル別組織に変更しました。テストで結果が出ていたことから、メンバーの納得度も高くハレーションは起きませんでした。
ーー組織を再編する前は、各部署の目標数字がリンクしていないという課題があったとのことですが、どのように改善されたのでしょうか。
藤本氏:目標数値についても部門を超えて連携を強化するようにしました。まず「仮想商談数」を定め管理することにしました。
チャネルごとに商談化率が異なることから、それぞれに仮想の商談化率を定めることで目線合わせすることにしました。仮想の商談数を定めた上で、SQLと商談数の目標を設定するようにしました。
マーケティング部としては、この予算だと最大でこのくらいの集客が見込める、という流れで年間の計画を立てています。ただ月ごとに数字の変動があるため、そこは目標とは別に翌月の“想定”を出すようにしています。
例えば、SQLが増え過ぎてしまうとインサイドセールス部がパンクしてしまうため、そのような事態を回避するためにも、部門間連携を取り、前もって細かく“想定数字”を共有しています。
松浦氏:具体的には、週に1度、インサイドセールス部とマーケティング部の各マネージャー間で、チャネルごとのSQL商談化率について議論する場を設けています。各部門のKPIについて細かくすり合わせを行い「想定と違う箇所はどこか」を細かく見ています。例えばウェビナーからの商談化率が想定より低い場合、行動データからの歩留まりを架電音声含めて分析しボトルネックを見つけ出すといった作業を定期的に行っています。
そうした密な連携によって、各部署の目標数字がリンクしていないという課題は解消されてきたと思います。
ーーマーケティング部とインサイドセールス部の連携について、その他にどのような取り組みをされているのでしょうか。
藤本氏:オフィス内の座席を隣接させることで、コミュニケーションの活性化を図っています。
1つのフロア内で、マーケティング部がチャネルごとのチームに分かれて端と端に座り、その間にマーケティング部に挟まれるようにインサイドセールス部の席を配置しています。
そこで施策のフィードバック会はもちろん、懇親会などのオフラインコミュニケーションの機会も積極的につくっています。またマーケティング部が各チャネルにおける施策背景や設計の流れなどを、インサイドセールス部に伝える勉強会も定期的に実施しています。
マーケティング部とインサイドセールス部の全体会議としては、3ヶ月に1度の定例会を行い、振り返りと対策、次の四半期の方針について各部署が発表しています。
ーーマーケティング部とインサイドセールス部は、考え方や行動の面で異なることが多いため“溝”が生まれがちです。意識的に距離を縮めようとする取り組みは効果的ですね。
松浦氏:「営業」というくくりでいうとインサイドセールスはフィールドセールスに近い立場なのですが、マーケティングと営業をひとつの流れとして見れば、元々、ギャップや隔たりはないはずです。
インサイドセールス部はTHE MODEL型のセンターピンとして、フィールドセールスの戦略と動きを理解しながらも、マーケティング部に対する“解像度”を高める必要があると考えています。
インサイドセールス部がアプローチするお客様のなかで最終的に購入に至る割合は数%にも満たないのに対し、マーケティング部は市場へのアプローチ手法を日々考え、実行しています。マーケティング部がアプローチしている未来のお客様に対する解像度を高めることで、インサイドセールスの仕事はより楽しくなると思います。
藤本氏:インサイドセールス部がフィールドセールス部とのコミュニケーションに終始すると、フィールドセールス部の“御用聞き”になってしまうケースが多い印象です。
マーケティング部としては、インサイドセールス部とのコミュニケーションを増やすことで、マーケティング施策における戦略や背景まで伝えたいと思っています。
マーケティング施策ひとつをとっても、お客様の課題に対して表面的な解決策ではなくシステム開発まで含めた深い訴求を意識して行っています。そうした戦略をインサイドセールス部に共有することで“想い”をつないでもらいたいと思っています。
当社には「バクソク」と同様に「ワンチーム」というValues(行動指針)があります。THE MODEL型の組織であるからこそ、マーケティングから、インサイドセールス、フィールドセールス、そしてカスタマーサクセスまで、“想い”をつなぎ、お客様に寄り添い続けていきたい。
そのためにまずは、お客様との接点を創出するマーケティング部と初めて1to1コミュニケーションを取るインサイドセールス部でお互いの施策について解像度を高めていきたいと思っています。
ーーマーケティング部と営業部で1つの目標を追っていくにあたって、全体を統括する責任者を配置されているのでしょうか。それとも各部のマネージャーが連携し進めていく形でしょうか。
藤本氏:各部のマネージャーが連携し進めていく体制に近いですね。
マーケティング施策を売り上げにつなげるには、入り口から出口までのデータをすべてつないで見る必要があります。そのため各部のマネージャーがデータを持ち寄りそれを全員で確認しながら課題を見つけ打ち手を考える、という流れで動いています。
各部のマネージャーが同じ数字を見ることで、それぞれの考え方やとらえ方まで共有でき、スピーディーな判断ができるのは大きなメリットだと思います。
これまではマーケティング部とインサイドセールス部で「リード」や「MQL」の定義が異なるということがありました。そのようなすれ違いを防ぐためにも、重要な取り組みだと考えています。
松浦氏:各部で、言葉の定義も見ているデータもバラバラだったのを、組織再編とともにすべての目線を合わせたことで、議論もスムーズになり連携強化も進みましたね。
ーーお客様への対応や組織再編における判断軸として「Philosophy(フィロソフィー)」や「Values(バリュー)」を挙げられていました。社内へ浸透させるためにどのような取り組みをされているのでしょうか。
松浦氏:経営層との会議などを通したコミュニケーションのなかでは、一つひとつの判断において「何を起点に判断したか」を問われることがよくあります。その“起点”こそが当社の掲げる「世界で最もお客様を大切にする」というPhilosophyであり、全社員の共通言語・共通認識として常に意識し行動しています。
システム開発やオペレーション構築、組織力向上まで、いかにお客様に「バクソク」で対応できるかを起点に動いています。
ーーマーケティング実務においてその判断基準をブレさせないために、どのようなことを意識されているのでしょうか。
藤本氏:例えば「SQLを増やす」ことだけでいえば難しくありません。ただ、商談につながらないリードをむやみに増やしてもインサイドセールス部の架電業務を逼迫させてしまうだけです。
SQLは、もちろん1つの指標としてその獲得数を目標としますが、事業スケールに向け狙うべきはインサイドセールスとともに商談数を最大化することです。
各チャネルごとの商談化率を元に仮想の商談数を算出し、その数字が目標に見合わなければ、SQLが想定通り獲得できていたとしても、当月内にプラスの施策を検討し実行します。
常に一歩先の事業の奥行きを意識した施策展開を心がけています。
ーーマーケティング部とインサイドセールス部のコミュニケーション機会を意識的に設けていること、お互いの業務や考え方に対する理解があることが部門間連携強化のポイントといえそうです。
松浦氏:そうですね。分業体制をしいているからには、隣り合った部署に対する理解と配慮を持ち連携を強化していくことが欠かせません。連携不足のままでは目標を達成できず事業成長も鈍化してしまうでしょう。
特に意思決定を行う責任者には、高い視座と正しい判断基準を持ち“自部署最適”ではなく“全社最適”で施策を進めていくことが求められます。そのため、隣り合った部署との連携強化こそが事業成長のカギだと考えています。
部門横断的なミーティングの機会も多く、これからも部門を超えた連携を強化していきたいですね。
また現在、jinjerはタレントマネジメントにも領域を広げソリューションの数を増やしています。新規のお客様のニーズに爆速で答えるためにも、手法や体制に至るまで、これまでの経験を生かしながら新たなアプローチの仕方を模索していきたいと考えています。
ーーマルチプロダクト展開かつ変化のスピードが早いビジネスだからこそ、密な連携が必要になってきそうですね。
藤本氏:新プロダクトリリースにあたっても、これまで築いてきた組織としての“基盤”があることで、各部が連携して乗り越えていけるという自信につながっていますね。
組織として、すでに密な連携体制ができているため、あとは勝ち筋を見つけ「バクソク」で横に広げにいくだけです。
ーーありがとうございました!
「お客様がどのプロダクトに興味があるか」ということより「お客様がどのチャネルから流入したか」という点に着目し、そこからチャネル別組織に変えたという決断は、ユニークかつ合理的な手法だと思います。マルチプロダクトを展開されている企業などでは試してみる価値がありそうです。
またマーケティング部とインサイドセールス部の距離を意図的に近づける取り組みも、分業型組織で成果を出すためにはとても重要なポイントですね。マーケティング部とインサイドセールス部は放っておくと分断しがちであるため、マネジメント・現場ともにコミュニケーションを円滑にするような環境や仕組みづくりを積極的に行うことで、分断を超え連携を強化できるでしょう。
「世界で最もお客様を大切にする」というPhilosophyや「バクソク」というValuesが社内に浸透しており、オペレーションにも反映されている点も強みだと感じました。
オペレーションをまわすにはパワーが必要であるため、「会社としてなぜやるか」を明確にし判断の基準としていることが素晴らしいですね。
マルチプロダクトを展開する組織では、“プロダクトを主語”にすると組織としてのまとまりに欠け方向性にバラつきが出てしまうことがあります。組織として同じ方向を向くためにも、お客様起点のサービス、組織づくりをされている点が印象的です。
また各部のマネージャーがひとつのダッシュボードを見て分析、議論を重ねることができる仕組みやインフラへの投資をした上で、コミュニケーション円滑化の工夫をされている。jinjer社のように、「売れる組織」をつくるためにもまずは一気通貫でデータを可視化し、各部署で共有することからはじめると良いでしょう。